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2004/10/27

四方ころび

古い家で育った人はあるいはご存知かもしれない。黒光りした踏み台。子供心になんだか気になる存在だった。年寄りがなんとそれを呼んでいたかは残念ながら記憶にないのだが、粗末に扱うと叱られたような気がする。
池内紀さんの『なじみの店』(みすず書房/2001)にこんな一節がある。なじみの店で隣の客同士が話しているのを聞くともなしに聞いているところ。

「里の家にホラ、踏み台があったでしょう――」
棚の物を下ろすときとか、柱時計にねじを巻くときに用いた踏み台のこと。ながらく忘れていたが、たしか里の家には黒ずんだのが一つあった。別名が「四方ころび」。裾がひろがって四角錐をしていた。
これも聞こえてきたから知ったのだが、踏み台はもともと、その家を建てた大工の置き土産だったそうだ。一丁前になった大工が腕だめしに踏み台をつくる。棟梁はその出来ばえをチェックして、出来がよければ建て主に献上した。四方ころびの寸法は三角定規では測り出せない。差し金を使いこなして、はじめて寸法がわり出せる。踏み台は、一丁前になった大工が丹精こめてつくったしろものだそうな。
「なるほどなァ」
かたわらで、しきりにうなずいていた。そういえば小道具ながら威風堂々としていて、ある気概といったものが感じられた。幼いころに何となく感じとり、心の隅にとめていたことが何十年ぶりかに夜の寄り道で解決をみた。

わたしもああそうだったかとなんだか得をした気分である。同じような人がいるのではないか。

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コメント

これを読んで特をした気分です。
「名前」は大事ですよね。
踏み台と四方ころびではずいぶん違う。
四方ころびの実物が見てみたくなりました。さもなくば、自作・笑

投稿: たまき | 2004/10/28 12:32

こんにちわ。ほんと、名前って面白いですね。「四方ころび」はどうも四角錐のかたちを言うらしくて、建物なんかでも土台にむかって末広がりになったつくりをこう呼ぶようです。

投稿: かわうそ亭 | 2004/10/28 22:49

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