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2004/10/19

スパイ小説への傾斜を深めるハリー・ポッター


書誌データ(私の読んだ版)

HARRY POTTER AND THE ORDER OF THE PHOENIX
J.K.Rolling
ARTHUR A. LEVINE BOOKS (2003)


2003年6月21日、厳格に指定された発売日の当日、欧米の書店内で、買ってもらったばかりのハリー・ポッター最新作をかかえて座り込み、そのまま夢中で読み出す幼い子どもたちの姿がテレビで流れ、大人たちの微笑みを誘った。

 しかし、意外にも、ハリー・ポッター・シリーズは(とくに本書は)血や暴力や死の影に脅かされる要素が結構ある。第一作目の商業的な成功と、映画化によるこれまた商業的に管理され増幅されたイメージの洪水が、このシリーズを「無害」なものに見せかけているのは事実だが、それはこの作品の本質とは無関係のことだ。大人社会が、無害なお伽噺を幼い人たちに与えたつもりで、子どもが本を読むのはよいことだと満足気に眺めているとすれば、それは大人の方がはるかに無邪気だということを示しているにすぎない。子どものための文学というジャンルに入れるにしては、このシリーズはいささか暗黒への嗜好が強い。

 だが、一方でこのような暗黒面を描くことも文芸の重要な役割だ。世界は善意だけでなりたっているわけではない。拷問や殺人は探せばお伽噺のなかにいくらでも見出せる。描き方がユーモラスだというだけで視点を変えるととんでもない残酷物語になる例はいくらもある。つまり、ハリー・ポッターの中に子どもに害を与えるような毒があるとすれば、それは逆説的な言い方になるけれど、文芸として見るべきものを含んでいるということになるのである。

 そもそも魔法や魔女という概念が反キリストであるという立場から、このシリーズを有害図書にしたがる人々もいるらしい。これは論じるにも足りないが、自分の子どもが幼いうちはこのシリーズを読ませたくないという人がいても、ぼくは驚かない。しかし、こういうことは言えると思う。たとえ、親が嫌がっても、読む子は読むだろう。逆に、馬鹿らしい宣伝と流行に煽られて読み始めても読みとおせない子は途中で投げ出すだろう。なにしろ、この分厚さである。

 さて本書は、これまでのハリー・ポッターの世界を、読者のために一旦整理してくれるようなところがある。その手際は鮮やかである。とくに読み返さなくても、(もう大半は忘れているのに)ああ、そういえばそういうことだったな、と物語の流れを振り返ることができるのだ。また、ハリーにまつわるいろいろな謎や疑問に一定の合理的な説明を与えてくれる巻でもある。たとえば、ハリーはなぜあの嫌なダーズリー一家のもとに毎年帰る必要があるのか、なんて素朴な疑問にもちゃんと答えが用意してある。まあ、納得できるかどうかはともかくとして。

 一方で、読者は15歳になったハリーに少々戸惑うことになるだろう。苛立って、ロンやハーマイオニーにやたらに突っかかり、ある場面では部屋中のものを壊してまわり、手のつけられないほど荒れる少年となる。(ここが本書の見所だが)この主人公は本書ではもはや、決して大人の夢見る理想的な「よい子」ではない。これが実際の15歳というものだろう。子どもをもつ人の実感かもしれない。(作者にはふたりの子どもがいる)

 具体的なストーリーに触れる気は全然ないが、今回は最初から最後まで読者はじりじりと我慢を強いられる感がある。しかも、そうでありながら、ぐいぐいと読まされてしまう牽引力があるのには感心する。読み出したらなかなか止められないのだ。作者の力量もさることながら、これは物語の核になる部分がよほどしっかりしていたために、物語それ自身が生き生きと動き始めているのだろうと思う。

 作者の力量といえば、このシリーズでぼくが見事だと思うことのひとつは登場人物の生かし方だ。本書でもネヴィル・ロングボトムや占いのトレローニィ先生の扱いはつくづく巧いと思う。こういった、誰からも(読者からも)取るに足らないと思われているようなキャラクターが、じつは物語の重要なファクターに絡んでくるというかたちは、最初から構想しているのか、あとから巧くつけ加えていくのか興味がある。(ぼくは後者ではないかという気がするが、どうだろう)
 作者自身が、この作品の成功までは社会的に「取るに足らない」人物だった(ドキュメンタリーなどで見る限り少なくとも本人はそう感じていたようだ)ということと、こうしたキャラクターの生かし方との間にあるいはなにか関係があるのでは、なんて想像をしてみることも楽しいことではないだろうか。

 さて、巻を追うごとに厚さを増して行くシリーズ、もうこうなったら毒くわば皿までという心境に愛読者はなっているだろう。本書の厚さは870頁。ならば6巻は900頁、最終7巻は1000頁で、どんと来い、という気分ではあります。やめてほしいけど(笑)


2003年8月2日記

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