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2004/11/28

せいとふせいは がんぽんち


池内紀さんの随筆を読んでいると、どこかにかならず愉快な話があって、思わず人に教えたくなる。だが、わたしの引用だけ読んで、ああそういう話かとわかったつもりになられると困る。これはごく一部で、ほんとうの可笑しみは一話を通して読まないとわからない。少し笑ったら、今度はぜひ本を手にとって全部を読んでいただきたい。
今読んでいる『遊園地の木馬』池内紀(みすず書房/1998)から──

遠国からやってきた侍がいた。ちょうどそのころ、お江戸ではこんな小唄がはやっていた。「成ると成らぬは眼もとで知れる。けさの眼もとは成る眼もと」 小唄を覚えたいのだが、微妙な節まわしまでは手がとどかない。文句のほうもあやしい。侍は手帳のはしに漢字ばかりで書きとめた。つまり、「成与不成眼本知、今朝眼本成眼本」 国もとへ帰って土産ばなしをするうちに、いま江戸ではこんな唄がはやっているといって手帳をくった。さて唄おうとしたところ、もとの文句も節まわしも覚えていない。そこでやおら、高らかに読みあげた。「せいとふせいは がんぽんち、こんちょう がんぽん せいがんぽん」 (「がんぽんち」p.38)

あはは、こういうの、あります、あります。
やたら偉そうな文章のなかに、シニフィエとシニフィアンだの、ラングとパロールなんて言葉が出てきたら、ああ、この著者は田舎侍なんだなぁ、と思いつつ、唱えるとよさそうだ。「せいとふせいは がんぽんち、こんちょう がんぽん せいがんぽん」(笑)

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コメント

いいなぁ。おもしろくって、痛快ですね。
「がんぽんち」を読み上げたあと、「どういう意味?」って尋ねられたなら、ちはやふるのような解説になりそうだし。もしかしたら、やたら難しそうな文章って、みんな「ちはやふる」だったり。

投稿: 退屈男 | 2004/11/28 23:04

ははは、じつはこれは岩本堅一の『素白随筆』にある話だと池内さんはことわって紹介しておられるのですが、素白先生というのは早稲田で国文を教えていた方だそうです。そして、素白先生の随筆はこのあと落語の「たらちね」に転じ、江戸っ子の八五郎と所帯をもった京女がやたら雅な言葉遣いで八五郎を悩ますところへつなぐ。「こんちょうはどふう烈しゅうしてしょうしゃがんにゅうす」(笑)
眼本先生と眼入女史なら似合いの夫婦だと。
あ、いけね、ネタばれしちゃった。(笑)

投稿: かわうそ亭 | 2004/11/29 21:17

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