歌人文体模写「山寺」
中井英夫の『増補 黒衣の短歌史』(潮出版社/1975)を読んでいる。
中井は昭和24年から昭和35年にかけての12年間、日本短歌社の「短歌研究」と「日本短歌」、角川書店の「短歌」の編集長であった。この間に匿名で、あるいは記者として書いたルポやら歌壇瞥見等の雑文は「相当の量にのぼる」。それを整理し、それらの雑文によって戦後短歌の一側面を語らせようとしたのが本書。やたら、面白い。
たかが雑誌の穴埋め記事にすぎないのに、たとえば次の歌人の文体模写などを読むと、この人物のことを三島由紀夫はじめ多くの文学者が、なぜ絶賛していたのかがわかるような気がするのだ。
「歌人文体模写」なる戯文には斎藤茂吉・窪田空穂・斎藤史・阿部静枝・近藤芳美・宮柊ニの六人が登場する。そのうちの二人分を紹介しよう。
斎藤茂吉 山寺の和尚は鞠が蹴りたいのである。しかるに鞠は見当らぬ。即ち鞠は蹴りたいけれども鞠はないといふことゝなつた。余としても不本意に堪へぬのであるが、今の状態では諦むるより仕様がない。さうではあるまいか。
斎藤史 和尚は鞠が蹴りたかつたのでございます。山寺では無理もなからうつて?ごじょうだん。山寺と申すところは、それほど味気なくはございません。猫もをります。紙袋もあります。猫を紙袋につめれば、そのまま鞠の代り――とんでもございません。猫は生きて、をります。生命の火を燃やしてをります。ぽんと蹴ればにやんと鳴くのでございます。
(『増補 黒衣の短歌史』「昭和二十六年~二十七年」p.147)
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コメント
『黒衣の短歌史』、面白そうですねえ。思わず買ってそのままになっていた創元ライブラリ版中井英夫全集を取り出してしまいました。そんな内容だったのですか。知りませんでした。
投稿: かねたく | 2004/11/30 07:13
さすが、かねたくさん。探すとすぐに出てくるところがすごい。わたしは、もともと蔵書がほとんどないくせに、数少ない手持ちの筈の本を探しても、たいていは見つからないんだなあ。どうしてだろ。
投稿: かわうそ亭 | 2004/12/01 00:01
いえいえ、とんでもない。あれだけ浩瀚な本ですし、全集なので、ちゃんと文庫本ラックの一番いいところに並べてあるだけです。ほかはかわうそ亭さんと同じです(苦笑)。
投稿: かねたく | 2004/12/01 07:37