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2004/11/09

池内紀さんと製図の話

このことははじめて知ったことだったので、書いておく。池内紀さんの『無口な友人』(みすず書房/2003)を読んでいたら、こんな話があった。

兄が大学の建築科にいたので、よく墨をすらされた。製図を引くには、大量の墨汁がいる。歳のはなれた弟を、ていのいい小使にしたらしい。(「夢の建物」)
池内さんの弟さんは、宇宙物理学者の池内了さんであることはよく知られているし、最近では息子さんの池内恵さんが気鋭のイスラーム研究者として注目を浴びている。いろんな分野に関心がむく家系なのだろう。 ただし、残念ながら、このお兄さんは早くに亡くなられたようだ。敬愛した兄を偲んだいい文章だと思うので、すこし長いが引用する。
計算尺で、しきりに何やら数字を出していた。兄によると、建築をやるには四次方程式や球面三角法をマスターしなくてはならない。とりわけ球面の計算が難しい。そのほか、いろいろ難しいことをいっていばっていた。江戸川乱歩に熱中している弟を気づかってのことらしかった。いずれ、一級建築士の資格をとって池内建築事務所を開く。そのはずだったが、大手の建設会社に就職して五年目に、現場の事故で、あっけなく死んでしまった。 弟は数学が苦手で四次方程式はおろか二次方程式もおぼつかないのだった。球面三角法など、とんでもない。家を建てるかわりに、もっぱら空想するだけの方面にすすんだ。それでも今なお製図や設計図にひとしおの思いがある。美しい図面を見ると、鼻の奥に、ほのかな墨汁の匂いがよみがえってくる。

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