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2004/12/31

いやみな俳人 橋本榮治

『セレクション俳人19 橋本榮治集』(邑書林/2004)の著者あとがきを引く。ふたつの句集のあと、未刊の第三句集『越在』の題名にふれる箇所。

祝賀会でTBSのアナウンサーが第一句集『麦生』を「ばくふ」と読んだ。次は『新星賦(新政府)』だねと、と隣から囁かれた。また、新年のパーティでは著名な某俳人に「何と読むんだ」と『逆旅』を問われてしまった。集名の『越在』は大丈夫だろうか。旅先で考え、仕事をこなしながら漂う今の心のままなのだが。

へえ、あなたには読めない日本語はないんですか、とまず思った。

麦生は「むぎう」と読む。
わたしの歳時記には草田男の「いくさよあるな麦生に金貨天降るとも」が作例としてあげてある。

逆旅は「げきりょ」。
月日は百代の過客にして行かふ年もまた旅人也。「おくのほそ道」の書き出しの出典は李白「夫天地者万物之逆旅、光陰者百代之過客、而浮世若夢」である。

もちろんこの「あとがき」のふくみは明白だ。
職業としてアナウンサーを名乗るほどの人間が不確かな読みを確かめもせず公式の場に平気で臨む不誠実。
俳諧を稼業として世を渡るつもりの人間が「おくのほそ道」の冒頭に深く関連する言葉を知らないお粗末さ。

ここまでは、わたしも同感。しかし、この本を手に取るのは、歳時記をきちんと調べる俳句好きの人間ばかりとは限らない。ちゃんと、なんと読むのか、本に書いておくべきではないか。別に出典や、意味まで書くにはおよばない。ルビを打っておくだけのことがなぜ嫌なのか。知っていることはそれほど偉いのか。こんな言葉も読めない人間がいるとはね、と莫迦にしながら、読者にもそれを教えない。自分で調べなさい。それがわたしのやりかたです、というわけだ。
自分で調べれば分かるようなことをいちいち聞くな、という意見は正しいようだが、わたしはとらない。調べる手だてが乏しい人もいるだろう、日本語を母国語としない人もいるだろう。簡単な漢字とひらがなしか読めないという人だっているはずだ。そういう人間は、「いらない」人間だと暗にこの俳人は言っている。そんなつもりはない、というなら、想像力が欠けている。
俳句の嫌なところはこういう「村」の「常識」を押し付けてくるところだな。
ところで『越在』はなんて読めばいいのだ。読み方がわからなければ意味も調べられない。
ほらね、こうやって人に嫌な気持ちを与えるでしょ。(笑)

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コメント

 かわうそ亭さん、あけましておめでとうございます。ことしもよろしくお願いします。
「麦生」「逆旅」さっぱり読めませんでした…。笑われてしまいますね。本読んでて、わからない言葉もたくさん出てくるので、最近はネットで調べるのも便利だなあと思います。辞書ひくと気がそれてしまうし、他の単語に目移りして時間とられるんですよ…。
前からギモンなんですが、本のルビって、誰でもわかる言葉にはルビふってあって、難しい言葉にふってなかったりしませんか?あれが不思議で。勉強しろってことなのかなあ?

投稿: ぎんこ | 2005/01/03 14:38

ぎんこさん おめでとうございます。
そうそう、そういうのありますね。作者にも自信がないのでとりあえずそのまま原稿にして、担当の編集もめんどくさいから調べないなんてケースかな、と邪推してますが。(笑)それとときどきいらいらするのが一回ルビを打ったら、あとはもう知らんよ、という奴ね。あれ、どこかに読み方があったはずだが、とページを繰ったりするのが苦痛。

投稿: かわうそ亭 | 2005/01/03 18:18

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