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2004/12/04

アルベルト・グラナード

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先月のエントリーで映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」のことにふれて、最後のシーンに登場する老いたアルベルト・グラナード、あれは本人だろうか、と書いた。
ゲバラの乗った飛行機を見送るアルベルトが、深い皺を刻んだ老人に入れ換わる印象深い場面。
『トラベリング・ウイズ・ゲバラ』アルベルト・グラナード/池谷律代訳(学習研究社/2004)の口絵写真に、映画撮影のときに主演のガエル・ガルシア(ゲバラ)とロドリゴ・デ・ラ・セルナ(アルベルト)と並んで写真に収まっているのが、ご本人である旨書いてある。やはり映画の人物も本人の映像であったと思われる。
しかし本書の口絵写真の方はやんちゃな爺ちゃん風で、映画の渋い老人(星霜を経た男の美)とまた違った味がある。

「こういうことだよ。表と裏だ。コインにはいつも二面がある。風景の美しさ、土地が生み出す自然の富の裏には、それを作り出す貧しさがある。貧しい者の高潔さと寛大さとは対照的に、地主や国を支配する者の精神は卑しく、あさましい」
『トラベリング・ウイズ・ゲバラ』p.37

若きゲバラがアルベルトに語った言葉。若くて優れているということは、こういう見方がきちんとできることだ。
同じように若くても、億万長者というのは、やはり卑しく浅ましい顔つきだということを、そういえば最近テレビでよくみかけたような気がするな。

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