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2005年1月

2005/01/31

1月に読んだ本

『逆説の日本史2古代怨霊編』井沢元彦(小学館文庫/1998)
『逆説の日本史3古代言霊編』井沢元彦(小学館文庫/1998)
『むかつくぜ!』室井滋(文春文庫/2001)
『日本社会の歴史 下』網野善彦(岩波新書/1997)
『楽園の骨』アーロン・エルキンズ/青木久恵訳(ハヤカワ文庫/1997)
『岡井隆の短歌塾 入門編』(六法出版社/1990)
『これだけは読んでおきたい 科学の10冊』池内了・編著(岩波ジュニア新書/2004)
『逆説の日本史4中世鳴動編』井沢元彦(小学館文庫/1999)
『猫のつもりが虎』丸谷才一(マガジンハウス/2004)
『逆説の日本史5中世動乱編』井沢元彦(小学館文庫/1999)
『俳句への旅』森澄雄(角川選書/1990)
『逆説の日本史6中世神風編』井沢元彦(小学館/2000)
『逆説の日本史7中世王権編』井沢元彦(小学館文庫/2003)
『カンブリア紀の怪物たち 進化はなぜ大爆発したか』サイモン・コンウェイ・モリス/松井孝典・監訳(講談社現代新書/1997)
『獨断の榮耀—聖書見ザルハ遺恨ノ事 』塚本邦雄(葉文館出版/2000)
『架空旅行記』池内紀(鹿島出版会/1995)
『小道の収集』長田弘(講談社/1995)
『逆説の日本史8中世混沌編』井沢元彦(小学館/2000)
『ソクラテスの口説き方』土屋賢二(文春文庫/2003)
『セレクション俳人09 仙田洋子集』(邑書林/2004)
『奪回者』グレッグ・ルッカ/古沢嘉通訳(講談社文庫/2000)

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2005/01/29

鬱のかわうそ

その筋の人は「ウタハイ」などと言うらしい。
新聞歌壇と新聞俳壇のことである。なかでも明治43年に石川啄木を選者として始まった朝日歌壇は、伝統もあるので注目を集める。昨年まで選者は近藤芳美・馬場あき子・佐佐木幸綱・島田修二だったが、島田さんが亡くなったので高野公彦に代わり、このたび、近藤さんが選者を退いて永田和宏と交代する。それほど熱心な読者でもないのだが、朝日歌壇の歌はつまらん歌が多いなぁと前から思っていた。永田和宏選で多少変化はあるのだろうか。

今日たまたま読んでいた永田さんの歌集に、「鬱のかわうそ」なる一連があって、おもわずこれはオレのことかいな、と苦笑い。

今夜われは鬱のかわうそ 立ち代わり声をかけるな理由を問うな

うつうつと本を立て並めかわうそはうつらうつらと酒を舐めおる

永田和宏歌集「饗庭」より

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2005/01/27

妻の悪口はたのしい

土屋賢二さんの『ソクラテスの口説き方』(文春文庫/2003)から。

その前に、妻を見たことのない人が誤解しないよう、ここで一言断っておかなくてはならない。実は、わたしの妻が美女であることはほとんど知られていない。厳密にいうと、美女であることは本人以外だれも知らない。
わははは。

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2005/01/26

久野収の書斎

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大阪中央図書館に行ったら、迫力満点の書斎の主の写真ポスターが目についた。

大阪で生まれ、大阪を愛した在野の学者久野収(くの・おさむ)氏の蔵書のうち洋書を中心とした約2000冊を、このたび夫人より大阪府立中央図書館にご寄贈いただきました。

くわしい内容は(ここ)。
家にはあまり本を置かないようにしているが、こういう写真を見ると、ちょっとうらやましい。

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2005/01/25

記憶はいまつくられる

池内紀さんの『架空旅行記』(鹿島出版会/1995)は図版がたくさんのっていて楽しい本だった。このなかにカール・シュピッツヴェークという画家のことが出ている。ミュンヘンの薬剤師だったが、父の遺産を相続するやいなや画家になった。認められたのはようやく六十歳ちかくになってからだったという。

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その作品のひとつ「ローゼンタールの郵便配達夫」 (1858)を見て、あれ、この構図はどこかで見た覚えがあるぞと思った。しばらくして、ノーマン・ロックウェルだと思いいたった。
たしか戦地からの手紙を届けにきた郵便配達を、アパート中の人が窓から顔を出して迎える絵だったな、そうか、あの絵にはこういう下敷きがあったのかと、そのときは得心がいったような気がしたのだ。
ところがだ、家に帰って、念のためにノーマン・ロックウェルの画集を引っ張りだしてみたら、記憶の中の絵がどこにもない。ただし候補はふたつあって、ひとつは写真の「とんだ交通渋滞」(1949)という称する絵である。もうひとつは「帰ってきたG.I」(1945)という絵で、これは戦地から帰ってきた若者を家中の人が飛び出すように迎えるという絵柄。
どうやら、このふたつを合成して、カール・シュピッツヴェークの絵を見た瞬間に「記憶」をつくりあげてしまったらしい。
自分は憶えている、嘘ではない、ぜったいにこうだったと、いろいろな歴史の証言はあるが、記憶はまた現在によってたえずつくりかえられている、ということも事実だろう。

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2005/01/23

塚本邦雄はかく語りき

『獨断の榮耀—聖書見ザルハ遺恨ノ事 』塚本邦雄(葉文館出版/2000)は、実質的には安森敏隆さんとの対談から成っているのだけれど、どういうわけか著者としては塚本邦雄の名前しか上がってない。まあ、あの毒舌と連帯責任ではかなわん、ということで遠慮されたのかもしれない。(笑)安森さんは、本書刊行時は同志社女子大学の宗教部長だったようだ。
以下、塚本の毒舌のいくつかを紹介しよう。
笑える。

其の一、堀口大学。

翻訳というのも、まあもちろん外国語の能力はあるんだろうけれど、日本語が下手っていう人、いますね、そして植物音痴も。例えば、堀口大学さんの『カルメン』読んでみてください。セビーリャの衛兵詰所のドン・ホセのところへ、カルメンが「アカシアの花を一輪投げた」というくだりがあるんですが、アカシアの花をどうやって一輪投げるんですか。あれは総状花序ですよ、房になっているんです。一枝なら投げられるけど、一輪では無理です。(p.52)

其の二、教育勅語。
一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ
以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ

というところ。あれ、「一旦緩急アバ」です。でも原文は「アレバ」になってます。大間違いです。(p.62)

其の三、養命酒。
養命酒の広告にも、ちゃんと「反鼻(はみ)」と出ています。蝮のことを「反鼻」というんですが、あれ、蝮を使ってるんです。(p.138)

其の四、佐藤佐太郎。
塚本 僕、佐藤佐太郎の一首を批判的にいってますでしょ。

キリストの生きをりし世を思はしめ無花果の葉に蠅が群れゐる

蠅は「ゐる」で、キリストは「をる」のかと。蠅よりも、キリストの方が下になってるじゃないかと以前に書いたことがあります。
(中略)
安森 「をり」と「ゐる」の用法の問題ですね。「をる」は、自分の動作についての謙遜や卑下に用いられ、他人については卑しめ、罵る語として多くは用いられています。
塚本 そうです。例えば、謙(へりくだ)る場合、「わたしはここに、をります」っていいます。「います」とはいわないでしょ、人に。だから、はじめに出てくる「をる」の方が、見下げたいい方をしてる。そんなことのわからない佐藤佐太郎じゃないと思うけどね(笑)。よっぽどキリスト教が嫌いだったのかも知れないですね(笑)。(p.58)

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2005/01/22

カンブリア紀の怪物くん

炭坑と石灰鉱山がふたつながらにある田舎町に生まれ育った。
化石がたくさん出る地帯である。太古の羊歯類や海洋生物の化石などはありふれたものなので、学校の理科室にごろごろしていた。指で触れると、そこに何十億年という時間がつまっているようで不思議な気がした。
だからスティーヴン・J・グールドの『ワンダフル・ライフ - バージェス頁岩と生物進化の物語』(早川書房/1993)が日本語版で出たときはうれしかった。

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あの本に登場したハルゲニアやアノマロカリスには胸がおどった。なかでもお気に入りはオパビニアという動物だ。なにせ、こいつには眼が五つもあるのである。
グールドによれば、生命の進化はカンブリア紀に「爆発」した。この時代に生命はもっとも多様化し、(そしてここがグールド説の肝心なところだが)どの種が進化の主流として生き残るかはまったくの偶然によるものだった。だから、もしもういちど進化のテープを巻き戻し、プレイボタンを押したら進化はまったく別の分岐を繰り返し、おそらく生物はいまとはまったく異なる姿になったことだろうというのだな。動物の眼が五つあるような世界になっていても別におかしくはなかったということか。
ところが昨日読み終えた『カンブリア紀の怪物たち - 進化はなぜ大爆発したか』サイモン・コンウェイ・モリス(講談社現代新書/1997)では、このグールドの説がふたつのことで真っ向から否定されている。
ひとつはバージェス頁岩の生物群が、かならずしも分類された既知の生物の系統とまったく異なるものではないと考えられるようになったこと。
もうひとつは、進化によってしだいにきまっていく生物のデザインというのは、かならずしも予測不能のものではなく、無限の選択肢があるわけでもないということだ。これを収斂進化と呼ぶらしい。有袋類と哺乳類でまったく異なる種の系統から進化しながら、剣歯ネコとサーベルタイガーはほとんど同じ形、同じ機能の犬歯を発達させているのがその好例だ。
なるほど、そういうものかと思いながら、それでも、五つ目の生物が進化した地球を想像するのは楽しい。人間も五つ目だったら、どんなスポーツをしているかしら。

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2005/01/20

岡本綺堂の馬

長田弘さんの『小道の収集』(講談社/1995)にこんな話が紹介されていた。
歌舞伎の馬と言えば前と後ろにひとりずつ下っ端の役者が入って、前脚と後ろ足になる。動きが可笑しくて、客がゲラゲラ笑い出したりする。それがいやで、本物の馬を引いて舞台にあげた役者がいたそうな。ところが花道に出た途端に馬が粗相をしてかえって物笑いの種になってしまった、というのだ。
と、ここまではまあそんなこともあるだろうな、と思いながら読んでいたのだが、これに対する岡本綺堂の評が面白い。長田さんの文章を引く。

しかし、それも綺堂にいわせれば、いきなり不用意に舞台に上げたからであり、馬というやつは厩の床板を踏むと両便をする習慣になっているのに、舞台の上を踏ませたから、厩とまちがえてしまったのだ。それは馬が悪いのではなく、人間の不注意のせいだ。(「馬の脚」p.82)

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なるほど、床板が馬の排便と結びついていたとは知らなかった。しかし、ここで面白いのは、芝居には当然詳しいとしても、岡本綺堂が馬の習性なんてことまでちゃんと知っていることですね。まあ、小説家や劇作家はこうでなくてはいけないのかもしれないけれど。
この人の父は奥州二本松藩士の三男で徳川御家人の家に婿養子に入った人のようですですが、(ここ)あるいはどちらかが馬術に関係する家であったかもしれないぞ、とむくむく探偵心がわいてきた。あらたな宿題。(笑)

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2005/01/16

逆説の日本史

井沢元彦さんの「逆説の日本史」は現在も週刊ポストに連載中で、既刊の単行本としては11巻までが出ているらしい。とりあえず5巻まで読んだ。世評に違わず面白い。専門的にはいろいろ批判も多いようだが、一人の著述家による通史(形式は紀伝体だが目指すところは一国の通史だろう)のよさを、もっときちんと評価するべきではないだろうか。
その上で、かれの歴史叙述の方法の限界や問題点を読者が自分なりに押さえ、この通史が時代を超えてすぐれたものになり得るかどうかを判断すればいいのだろう。

このシリーズを刊行順に並べると以下のようになる。

(1)古代黎明編(封印された「倭」の謎)1993
(2)古代怨霊編(聖徳太子称号の謎)1994
(3)古代言霊編(平安建都と万葉集の謎)1995
(4)中世鳴動編(ケガレ思想と差別の謎)1996
(5)中世動乱編(源氏勝利の奇跡の謎)1997
(6)中世神風編(鎌倉仏教と元寇の謎)1998
(7)中世王権編(太平記と南北朝の謎)1999
(8)中世混沌編(室町文化と一揆の謎)2000
(9)戦国野望編(鉄砲伝来と倭寇の謎)2001
(10)戦国覇王編(天下布武と信長の謎)2002
(11)戦国乱世編(朝鮮出兵と秀吉の謎)2004

いまためしに「週刊ポスト」の2005年1月28日号の情報をネットで探すとこんな見出しだった。(ここ)

逆説/滅亡・明からの「大陸出兵」要請に江戸幕府は一時「その気」に 井沢元彦/徳川家康、織田信長  週刊ポスト(1/28)

健筆を祈りたい。

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2005/01/13

オレンジレンジ

auのテレビ・コマーシャルを見ながら、娘との会話。
「ああ、以心伝心と言ってるのか、これ」
「なんだと思ってたわけ」
「ぼくらはいつも死んでるし。ゾンビの歌かと思ってた」
「・・・・(無視)」
典型的なオヤジである。(笑)

ところでこのオレンジレンジの「以心伝心」はドクター・マリオの本歌どりらしいね。
(ここ)

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2005/01/12

相手は犬

プロのデザイナーでなくとも自分でホームページをつくったりしたことがある人は、ローマ字のフォントを何にするかいろいろためしたことがあるのではないかと思う。
そのなかにギル・サンズという活字体がある。なかなか人気のある書体で、視認性が高いからだろうか、いろんなインターネットのサイトに使われているようだ。見本を以下に示す。

丸谷才一さんの『猫のつもりが虎』(マガジンハウス/2004)を読んでいたら、この書体をつくったエリック・ギルのことが書いてあった。

ギルには二十冊ほどの著書があるが、これはむしろ余技である。本職のほうでは、二十世紀イギリスの代表的な工藝家で(だから柳宗悦が会はうとした)、活字のデザイナーで(これがすばらしい)、彫刻および木版画の巨匠であつた。

しかし、丸谷さんのエッセイの眼目(?)はもちろんそんなことではない。この時代のイギリス人らしくこの人物には詳細な日記をつける習慣があったらしく、それによれば——
かれは妻帯者だつたが、たびたび姦通をおこなつた。短期間のものも、長くつづくものもあつた。場所は主として自分の家。領主権主義といふのださうだが、女中に手をつけるのが好きだつたし、それ以外にも、知り合ひの男の妻や恋人を見るとたちまち気持ちを動かすたちだつた。近親相姦もした。相手は二人の妹および三人の娘。獣姦も試みた。相手は犬。

やれやれ、これからはこの書体を見ると「相手は犬」というのが浮かんできそうだ。(笑)

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2005/01/10

石油に次ぐ国際商品は

『楽園の骨』アーロン・エルキンズ/青木久恵訳(ハヤカワ文庫/1997)から。今回の舞台はタヒチのコーヒー農園。

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ルディは人に口を出させまいと決めると、ちっとやそっとでは譲らない。コーヒー産業が三千万人近い雇用を生み出しているのを、皆知っているのか。地球上でもっとも取引量の多い品物が何か、分かる人がいるか。
「コーヒーじゃないかい」とジョンが調子を合わせるように言った。
「残念でした」とルディ。「石油さ。では、世界で二番目に取引量の多い品物が何か、分かる人は?」
「コーヒーかい」と、ジョンは訊いた。
「大当たり」

いや、そんなことはちっとも知らなかった。念のためにネットを検索してみたら、どうやら事実のようだ。たとえばこちら。

Coffee is the second most valuable legally traded commodity on Earth (after oil) with global retail sales of coffee estimated to be $70 billion. Of this approximately $6 billion finds its way into the hands of the producing countries, and the rest goes to those who market it and sell it to us in various forms (and often for ridiculously high prices) in places like coffee bars.

700億ドルは105円で換算して、ええと7兆3500億円か。
このうち生産国の手に渡るのは60億ドル(6300億円)。9割以上が消費国の売り上げにつながる。典型的な南北貿易の商品だな。
日本は米、ブラジル、独に次ぐ世界第4位の消費国(2002年の輸入量は、約44万トン)だと、外務省のサイトに書いてありました。(ここ)

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2005/01/08

中島美嘉「春の俳句」

さくらさくら蒼にとけゆく残像の     獺亭

中島美嘉の新曲「桜色舞うころ」のリリースにちなんで、中島美嘉「春の俳句を募集」というのが目にとまったので、しばらく考えてこんな字余りを。
新曲は中島美嘉のオフィシャル・サイトですこし聞くことができる。(ここ)
なかなかいい曲だな。

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2005/01/07

内海の国々の物語

日本は島国である。四方を深い海に守られている。この海はあたかも固いシェルのように日本を包み独自の歴史と文化を育んできた。古代より日本は比較的、均質、斉一な民族であり、歴史の流れのなかで畿内を母体とした権力が次第に北海道、本州、四国、九州を主とする南北に連なる列島国家をつくりあげて来た。——なんていう考え方は、とくにそういうものだとして強制的に教え込まれてきたわけでもなんでもないのだが、気づけば、わたしの日本史に対する基底にあるようだ。知識として日本ははるか古代より大陸や半島と行き来を繰り返してきたことは知っていても、日本史という概念と地図の日本列島のイメージが結びつき日本史はこの地図のなかだけで完結するオハナシ、いわば閉鎖系の物語であった。
網野善彦の『日本社会の歴史(上中下)』(岩波新書/1997)は、こういう抜きがたい先入観を倒置させようとする試みなのだろう。
たとえば1549年のザビエルの来航以降、各地のキリシタン大名や、商人がいかに積極的に海を越えて行こうとしていたかを語る箇所では網野はこう記す。

このようにヨーロッパ大陸、アジア大陸からアメリカ大陸におよぶ東西双方からのきわめて大規模な人と物の交流が起こっており(大航海時代)、その流れのなかにおかれた日本列島の社会は、この流れに乗って、それぞれの地域の独自な列島外との交流を発展させていくか、あるいは列島内の権力の分立を克服し、本州、四国、九州を日本国として統一した体制下におき、この交流を統制するかの岐路に立つことになったのである。
『日本社会の歴史(下)』p.78
こうした記述はたしかに新鮮なのだが、一種の通史としてこの三分冊をみたときにはやはり不満が多い。列島社会の歴史記述といいながら、結局、権力の歴史以外の「ネタ」は空想にすぎないのではなかろうか、歴史叙述とはそもそも権力の推移の歴史のことではないのか、といった率直な感想である。
ただ、四方を海に囲まれた日本のイメージをひっくり返して、大陸と列島に囲まれた内海を思い描き、そこに繰り広げられたであろう開放系の物語を紡いでみることは大切なことだろう。

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2005/01/04

むかしのノート

少し窮屈になったので引き出しの中の古いノート類を捨てようと思ってぱらぱらと読み始めたら、これが案外面白い。日本語、英語、中国語が書きなぐってあり、下手な絵もところどころにちりばめられている。そうそう、このころはこれに興味を持っていたんだよね、なんて思いながら読んでいるうちに捨てる気が失せた。(笑)

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仕事が忙しく余暇などあまりなかった頃の方が、むしろよく勉強していたんだな、と反省。
この頃は、PCは持っていたが、(台湾製のDOSV機)これが電気掃除機なみの騒音を出す奴だったから、たぶんせっせといろんなことを手書きで書きためていたんだと思う。あるいは、比較するのももちろんおこがましいが、南方熊楠のノートなんかに影響されていたのかも知れない。
このブログもある意味では自分用のノートのようなところもあるのだが、そうはいっても、一応は人様に読んでいただくことが大前提なので、むかしのノートのように自分だけにわかればいいといった身軽さがない。やはり手書きのノートをきちんとつくって行く方が、いろんな肥やしになるのかもしれない、なんてことを考えた。



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2005/01/02

逆説の日本史と女帝

 井沢元彦の『逆説の日本史2古代怨霊編』(小学館文庫/1998)を読みながら、いま話題の女帝のことを考えた。(このシリーズに対する感想は今回は書かない。あくまで、覚えの範囲として)

 国民の素朴な気持ちとしては、いまの天皇ご一家の血筋が続いていれば、それが男系だろうと女系だろうとかまわないというのがおそらく一般的な意見ではないかと思う。ヨーロッパの君主国のように性別に関わらず長子優先の王位継続というのでいいのではないか、ということだ。ただ、これについてはもちろん慎重論も多い。
「ALL ABOUT JAPAN」(ここ)によれば問題は大きくふたつあるようだ。

 ひとつは具体的に言えば敬宮愛子内親王が皇位継承者となられた場合、内親王ご自身が皇族以外の男性をその配偶者に選ばれる可能性が大きいわけで、その「皇配」を皇族とすることができるかどうかだ。
 ここで日本史上の女性天皇をあげてみる。全部で8人おられる。
 ( )は第何代であるかを示す。

  (33)  推古  (6世紀末から7世紀)
  (35)  皇極  (7世紀中盤)
  (37)  斉明  (皇極重祚)
  (41)  持統  (7世紀末)
  (43)  元明  (8世紀初)
  (44)  元正  (8世紀初)
  (45)  孝謙  (8世紀中盤)
  (46)  称徳  (孝謙重祚)
  (109)  明正  (17世紀中盤)
  (117)  後櫻町 (18世紀後半)

 まず109代の明正、117代の後櫻町は独身で生涯を送られた方であるので皇配の問題は存在しない。45代・46代の孝謙(稱徳)も独身を通した方であるが、この天皇についてはあとでもう一度ふれる。推古、皇極(斉明)、持統はもともと皇后であった方だからその配偶者は当然天皇である。元明の配偶者は皇太子草壁皇子(持統と天武の子)だから当然皇族。44代元正は43代元明の娘だが別に女系相続というわけではない。元明の孫、元正にとっては甥にあたる聖武天皇に皇位を継がせるための天皇であるため、独身を強制された方である。ここらはややこしいので系図を参照。

 つまり問題は、もし皇室典範を改正し愛子内親王を東宮とした場合には、日本史上ではじめて皇族以外の皇配が登場する可能性が非常に高いということになり、これは同時に万世一系を建前とした天皇家のなかではじめて皇族以外の人間を父親とする天皇が即位する可能性を意味する。だれが口を切るにせよ、なかなか言い出しにくいことだろう。

 第二の問題は、もし愛子内親王が皇族のまま結婚できるように皇室典範を改正するならば、皇族の女子が結婚した場合は皇族の身分を離れるという皇室典範第12条の規定をあらためる必要があり、もしこれを認めるならば、将来的に皇族たる宮家がやたらたくさんできる可能性があるということだ。それをすべて国民負担としていけば、国民の皇室に対する見方も大きく変わる可能性があるだろう。

 ただ、世論的な流れはおそらく皇室をヨーロッパの王室のようなかたちにということだろうし、わたし自身もそれでいいのかなと思っている。

 最後になったが井沢元彦を読みながら思ったことは、45代・46代の孝謙(称徳)天皇のことだ。これはじつは『逆説の日本史3 古代言霊編』にかかることなのだが、この女帝は、歴史好きなら誰でも知っている例の弓削道鏡に天皇の位を譲ろうとしたとされる人物なのである。
 女帝論議における慎重論には、暗黙にこの孝謙(称徳)と道鏡の関係についての連想があるように思う。ただしこれには、だれもいささか口ごもらざるをえないだろう。事実がどうであったかどうかは別として、わたしもべらべらしゃべりたいとは思わない。

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2005/01/01

2005年

あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

かわうそ亭主人拝

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