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2005/01/07

内海の国々の物語

日本は島国である。四方を深い海に守られている。この海はあたかも固いシェルのように日本を包み独自の歴史と文化を育んできた。古代より日本は比較的、均質、斉一な民族であり、歴史の流れのなかで畿内を母体とした権力が次第に北海道、本州、四国、九州を主とする南北に連なる列島国家をつくりあげて来た。——なんていう考え方は、とくにそういうものだとして強制的に教え込まれてきたわけでもなんでもないのだが、気づけば、わたしの日本史に対する基底にあるようだ。知識として日本ははるか古代より大陸や半島と行き来を繰り返してきたことは知っていても、日本史という概念と地図の日本列島のイメージが結びつき日本史はこの地図のなかだけで完結するオハナシ、いわば閉鎖系の物語であった。
網野善彦の『日本社会の歴史(上中下)』(岩波新書/1997)は、こういう抜きがたい先入観を倒置させようとする試みなのだろう。
たとえば1549年のザビエルの来航以降、各地のキリシタン大名や、商人がいかに積極的に海を越えて行こうとしていたかを語る箇所では網野はこう記す。

このようにヨーロッパ大陸、アジア大陸からアメリカ大陸におよぶ東西双方からのきわめて大規模な人と物の交流が起こっており(大航海時代)、その流れのなかにおかれた日本列島の社会は、この流れに乗って、それぞれの地域の独自な列島外との交流を発展させていくか、あるいは列島内の権力の分立を克服し、本州、四国、九州を日本国として統一した体制下におき、この交流を統制するかの岐路に立つことになったのである。
『日本社会の歴史(下)』p.78
こうした記述はたしかに新鮮なのだが、一種の通史としてこの三分冊をみたときにはやはり不満が多い。列島社会の歴史記述といいながら、結局、権力の歴史以外の「ネタ」は空想にすぎないのではなかろうか、歴史叙述とはそもそも権力の推移の歴史のことではないのか、といった率直な感想である。
ただ、四方を海に囲まれた日本のイメージをひっくり返して、大陸と列島に囲まれた内海を思い描き、そこに繰り広げられたであろう開放系の物語を紡いでみることは大切なことだろう。

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コメント

「歴史叙述とはそもそも権力の推移の歴史のことではないのか」
同感です。結局、勝った側からの視点なんですよね。
、、、歴史は苦手なんですが。

投稿: たまき | 2005/01/09 00:23

どうもです。歴史も物語のひとつで、解釈のしかたでいろんな様相を見せるのが面白いのかなと個人的には思うんですが、同時にそれは想像力だけで作り上げられたフィクションではなくて現実でもあった、というのがやはり重いところですね。

投稿: かわうそ亭 | 2005/01/09 22:31

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