岡本綺堂の馬
長田弘さんの『小道の収集』(講談社/1995)にこんな話が紹介されていた。
歌舞伎の馬と言えば前と後ろにひとりずつ下っ端の役者が入って、前脚と後ろ足になる。動きが可笑しくて、客がゲラゲラ笑い出したりする。それがいやで、本物の馬を引いて舞台にあげた役者がいたそうな。ところが花道に出た途端に馬が粗相をしてかえって物笑いの種になってしまった、というのだ。
と、ここまではまあそんなこともあるだろうな、と思いながら読んでいたのだが、これに対する岡本綺堂の評が面白い。長田さんの文章を引く。
なるほど、床板が馬の排便と結びついていたとは知らなかった。しかし、ここで面白いのは、芝居には当然詳しいとしても、岡本綺堂が馬の習性なんてことまでちゃんと知っていることですね。まあ、小説家や劇作家はこうでなくてはいけないのかもしれないけれど。しかし、それも綺堂にいわせれば、いきなり不用意に舞台に上げたからであり、馬というやつは厩の床板を踏むと両便をする習慣になっているのに、舞台の上を踏ませたから、厩とまちがえてしまったのだ。それは馬が悪いのではなく、人間の不注意のせいだ。(「馬の脚」p.82)
この人の父は奥州二本松藩士の三男で徳川御家人の家に婿養子に入った人のようですですが、(ここ)あるいはどちらかが馬術に関係する家であったかもしれないぞ、とむくむく探偵心がわいてきた。あらたな宿題。(笑)
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