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2005/02/12

あっぱれドンファンの心意気

昨日の続き。(ノートとして)

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こうして再び皇族に返り咲き、思わぬ皇位まで手に入れた宇多天皇ですが、この人もまた色好みで知られているらしい。

宇多天皇は三十五歳で退位され、醍醐天皇に位をお譲りになりますが、このとき醍醐帝はまだ十三歳でした。この時代の権勢は藤原基経の一家にあります。宇多天皇は基経に対してはある事件から遺恨を抱いておられます。それでなくとも、藤原氏の専横をいかに押さえるかは天皇家にとって重要な課題でありました。宇多さんが菅原道真を重用し異例の抜擢をされたのもこのためであります。

さて一方の藤原基経の方は、息子の時平の子の褒子(ほうし)を醍醐帝の後宮に入内させようとしていました。ところが、上皇となられた宇多さんが「これは老法師賜りぬ」とおっしゃってさっさとこの姫を連れてお帰りになり自分のものにしてしまわれた。いや、やるもんだねぇ。(笑)
この褒子さんを京極御息所と呼びます。たいそう美しい方であったようですな。のちのことですが、志賀寺の朝勤上人という高徳の老僧が参詣に来た御息所を一目かいまみるなり激しい恋に落ち、ふらふらと後を追って、御所のお庭まで入り込んで二夜三夜恋いこがれてたたずんでいたというくらいの美人であった。恋に狂った老僧を哀れと思し召した御息所は御簾の内からわずかに手をさしだし、老僧に握らせてやったというから、心根もやさしい方でありますね。

さて、かように京極御息所はときの上皇の寵姫であったわけですが、これに敢然と恋を仕掛けた男がおりました。元良親王というお方であります。
『御撰集』恋の部に「事いできてのちに京極御息所につかはしける」として、

 わびぬれば今はたおなじ難波なる
       みをつくしても逢はむとぞ思ふ    元良親王

百人一首の二十番です。
じつはこの元良親王というのは、陽成天皇の第一皇子です。
ほら宇多天皇の父である光孝天皇が五十五歳で天皇に即位したのは、甥である若い陽成天皇が御門にあるまじき無道の行い(こともあろうに清涼殿で人を殴り殺したという風聞)があるとして、無理矢理退位させられたからでした。この元良親王は、陽成退位後のお子さんですが、そこはやはり宇多上皇には腹に含むものがあったとしてもおかしくはないでしょうな。その上皇の寵愛する京極御息所に堂々と恋を仕掛けて、この御歌であります。大岡信さんは、これを「あっぱれドンファンの心意気」とおっしゃったとか。
いや、そう思って読むとじつにいいですね、この歌。

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