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2005/03/01

中村稔の詩歌論

『私の詩歌逍遥』中村稔(青土社/2004)はとても素晴らしい本だ。
なにより、この本はわかりやすい。ごくふつうの日常の言葉で書かれている。しかし、その内容は明晰で、意味や論理にいささかも曖昧さがない。こんな文章を書くことはもちろん誰にでもできることではない。しかし、せめて一歩でも半歩でも近づくための努力はしたいと思わせるような気高さがある。

さて、ここにとりあげられているのは、多くの弔辞(これがまたすばらしい)を捧げられた人々をとりあえず除いても、以下のような顔ぶれである。

正岡子規、中原中也、宮沢賢治、萩原朔太郎、三好達治、井伏鱒二、中村真一郎、安東次男、田村隆一、石川啄木、斎藤茂吉、加藤楸邨、森澄雄、飯田蛇笏。

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誰もが一度は目を通したり口にしたりしている詩人、歌人、俳人たちだ。人によってはかなり長い暗唱もできるのではないだろうか。
だから本書を読む楽しさのひとつは、中村さんが朗読するごとく引用するこれらの詩人の作品を、もういちど味わうことにある。(いくつかの論考は講演録から起こされているので、中村さんは実際に朗読をされているのである)
日本語はかくも美しい言語であったかとこころから感動する。
たとえば、井伏鱒二の『厄除け詩集』冒頭の「なだれ」。短い詩なので全文を引いてみる。

なだれ

峯の雪が裂け
雪がなだれる
そのなだれに
熊が乗つてゐる
あぐらをかき
安閑と
茛をすふやうな格好で
そこに一ぴき熊がゐる

この非現実的な光景、しかしなんとも愉快な詩について中村さんは井伏鱒二の初期の詩や、例の漢詩の訳(「サヨナラ」ダケガ人生ダ)などを縦横に引いてみせ、井伏の文学者、詩人としての資質や姿勢をわたしたちにあきらかにし、最後の最後で、わたしはこの詩をこんな風に考えていますなんていって解釈してみせる。わたしは、あっと言って、なんでそんな簡単なことが自分には見えなかったのかと恥じ入った。(興味がある方はぜひ本書を手に取ってほしい。この井伏論は本書のなかでも出色のもののひとつ)

詩人が「選ばれた人間」であるかどうか。昂然と社会に対して自分の詩人意識を掲げ疑問に思わない生き方を、中村さんは詩人としての出発点から忌避している。ここはまだよくわたし自身の考えがまとまらないが、俳句というものがいわゆる詩や芸術とどこかすれ違うポイントかもしれないな、という気がする。とりあえず、中村さんの子規につらなる人々と新詩社の系譜の人々との違いをのべた箇所を引用する。ここはもうすこし自分なりに考えてみたいことでもある。

子規において強烈な自己主張はあったが、その自己は決して狷狂にして世と乖離する、といった性質のものではなかった。そして、そういう自己のあり方は子規の系譜につらなる多くの歌人や俳人たちとひとしく、鉄幹に認められ、また多くの新詩社の系譜につらなる人々の自己のあり方と異なっていた。たとえば、高村光太郎、萩原朔太郎、宮沢賢治、中原中也らの現代詩人たちは、極端にいえば、みな親の遺産の上に徒食した人々であったが、子規の系譜につらなる人々は、ほとんどすべて、まことに健全な生活者であった。幸か不幸かは別として、わが国の現代詩は健全な生活者であることに背を向けることによって成立したといってもよい。

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b)書評」カテゴリの記事

コメント

休業中のK川です。
中村稔さんの本、某氏の賢治論なんかよりずっと読み応えのある本のようですね。近いうちに出逢えそうです。
上の賢治論、発行日以前に「重版」などとけたたましい広告が、新聞一面下に載っていて、首をかしげてしまいました。(ここでこっそり白状しておくと)ほんとは批判的な意図で私の日記にとりあげたのですが、世の中でそんなに読まれているのでしょうか?。

投稿: かぐら川 | 2005/03/03 01:19

山折哲雄さんですね。発行日前に「重版」ですか。へえ、びっくり。
賢治の『心象スケッチ 春と修羅』は自費出版の千部でしたっけ。それも売れたのはほとんどなくて、賢治はせっせと著者献呈したという話をたしか「デクノボー」ではない出久根達郎さんのエッセイで読んだような記憶があります。もらったほうも迷惑で、たいていは読まずに捨ててしまったはずだとも。読んでいない証拠に「このたびは『春と修養』をありがたう」なんてハガキが残っているそうですな。(笑)
すてずに孫までのこしてやっていたら、あなた・・・

投稿: かわうそ亭 | 2005/03/03 18:36

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