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2005/04/11

アンジェラの灰と祈り

『アンジェラの灰』フランク・マコート/土屋政雄訳(新潮社/1998)
『アンジェラの祈り』フランク・マコート/土屋政雄訳(新潮社/2003)

1997年のピューリッツァー賞(伝記部門)全米図書賞受賞の『アンジェラの灰』は、アイルランド系のニューヨークの高校教師が書いた自伝小説の傑作。映画ではエミリー・ワトソンが主人公の母親を演じたが、映画だけ見た人はなんで題名が「灰」なのかわからないかもしれない。

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もともと作者のフランク・マコートの計画では、母アンジェラの遺灰を故郷のアイルランドの町に戻すところで回想録を終えるつもりだった。というわけでタイトルは『アンジェラの灰』。ところが実際に書き出すと子供時代を送ったアイルランドのリムリックだけでほとんど分厚い一冊の本になってしまった。だから『アンジェラの灰』は回想録の上巻にあたり、フランクが19歳でニューヨークにやってくるところで終わっている。灰のエピソードはそこには入っていないというわけだ。
下巻にあたるのが『アンジェラの祈り』(原題は『'Tis : a memoir』)である。この「祈り」のエンディングでフランクはアンジェラの遺灰をリムリックのマングレット修道院墓地に撒くことになる。

しかし『アンジェラの灰』と『アンジェラの祈り』は、ひとつの作品の上下巻のようなものかというと必ずしもそうは言えないような感想をわたしは持つ。
この二冊の上梓の間に、草稿の段階でどれほどの時間的な間隔があったのかはさだかではないけれど、『アンジェラの灰』の方が圧倒的に瑞々しく感動も大きい。『アンジェラの祈り』は巧いのだが少々鼻につくといった感があるのだ。
まあ、これは文体によるというよりも、回想の対象となるのが無垢な子供時代であるということの要素の方が大きいかもしれない。

ところで、フランクは父親が家を捨てたために、子供の時から家族を養うために働き、ほとんどまともな教育を受けていないわけだが、そういうかれがどうやってニューヨークの進学校の英語教師になることができたのか『アンジェラの祈り』を読むまでぴんとこなかった。
ここでの鍵は軍隊だった。陸軍に入り、除隊後に復員兵援護法の適用を受けてニューヨーク大学(NYU)にもぐり込むのだ。それにしても、フランクの学歴は14歳までである。高校卒の資格はないので、ほんとうなら、いかに復員兵援護法があろうともかれの入学はありえない。1953年頃の話である。
じつはここで重要な決定をしてくれたのが大学の事務局長だった。彼女の権限で、特別に仮の入学を許可されるのだ。1年間Bの成績を維持できれば正式の在学を認めるというのである。
大学なんて、ほんとうに勉強したい若者がいれば、こうやって機会を与えてやる方がいいのかもしれないなあ。そういえば、町田宗鳳さんもハーヴァードの学位は同じような感じで得たものだったはず。いやなところも多いが、こういうところはアメリカのよさだろう。

フランクが長く教師をつとめたのはピーター・スタイビサント高校である。アメリカでも有数の進学校で、卒業生にはジェームズ・キャグニー、セロニアス・モンクがおり、ノーベル賞受賞者もいるという学校であるそうな。

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