ひと月ばかりかけて『攝津幸彦全句集』(沖積舎/1997)を通読した。
ここを訪れてくださるみなさんの中には、俳句に詳しい方ももちろんおられるだろうが、現代俳句にさほど興味のない方も多いだろう。攝津幸彦の句は、むしろ俳句にあまり興味がない方の方が、「へえ、なんかよくわかんないけど、こんなのもアリなのね」とおもしろがってくれるような気がする。
何句か自分なりの鑑賞をしてみたいものもあるのだが、とりあえず今回はこの魅力的な俳人の句集から比較的よく知られた句と、わたしが個人的に気に入った句を抜いてみる。一読、意味不明で困惑すると思うけれど、たぶんそれでいいはずです。とにかく好きなように空想を広げてみることをお勧めする。
「姉にアネモネ」[1973]
首枯れてことりこ鳥子嫁ぐかな
「鳥子」(とりこ)[1976]
かくれんぼうのたまごしぐるゝ暗殺や
人の世に水汲む姿ありにけり
くぢらじやくなま温かき愛の際
南浦和のダリヤを仮のあはれとす
南国に死して御恩のみなみかぜ
「輿野情話」(よのじょうわ)[1977]
菊月夜君はライトを守りけり
ぼんなうの猿買ひにゆく元気かな
あたし赤穂に流れていますの鰯雲
愛はらはらと桃色電話に愛国者
「鳥屋」(とや)[1986]
淋しさをゆるせばからだに当たる鯛
新しき猿欲し彗星去らむ日に
あをによし奈良市の棺に余る紐
太古よりあゝ背後よりレエン・コオト
ダリヤ焼く明日も水野鉄工所
日章旗垂らして猫を洗濯す
生き急ぐ馬のどのゆめも馬
「鸚母集」(おうむ)[1986]
芝刈機しづかに雲に当たりけり
眼鏡の露より昭和はじまれり
性欲や翁が秘むる複葉機
「陸々集」(ろくろく)[1992]
国家よりワタクシ大事さくらんぼ
ふるさとは水が出るまで掘る遊び
わが恋を黒くつゝみぬ雨合羽
人死んで厠に桜散り込みぬ
何となく生きてゐたいの更衣
さようなら笑窪荻窪とろゝそば
路地裏を夜汽車と思ふ金魚かな
あゝ乙な心のくぎり梅錦
ミルクてふビー玉ありぬ最澄忌
「鹿々集」(ろくろく)[1996]
荒星や毛布にくるむサキソフォン
比類なく優しく生きて春の地震(なゐ)
遠ざかる子がゐていつも夏帽子
人生を視る術なくて平目かな
花八つ手しやんしやんしやんで果てにけり
チェルノブイリの無口の人と卵食ふ
猿股やすなわち想ふ「種の起源」
月の道無用の鍵束持ち歩く
「四五一句(未刊句集)」[1997]
のうキクチサヨコ眠れよ幕下りぬ
「悔い改めよ」野鼠の夜が又来るぞ
船団も女体も何も信長忌
即興の馬の睫毛に雪降れり
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