« 読まず嫌いの橋本治 | トップページ | 理性を信じない人々との共生(その1) »

2005/07/13

桃尻語訳・枕草子

「春って曙よ!」で始まる桃尻語訳枕草子。これまで「きわもの」の類いと思っていたが、先日『「わからない」という方法』を読んで、すこし認識が変わった。
なにしろ、ご本人が『——方法』に書いておられることを信じれば(わたしは信じるが)、この訳はおそろしく手間がかかっている。「ここは、断定の助動詞に完了の助動詞がくっついて、しかも推量なんだよな」なんて調子で、原文をいちいち品詞分解し、それを全部現代語におきかえるという作業を延々と何万回も繰り返したというのだな。さらにそのようにして出来上がった第一稿を読み直して、原文との突き合わせをし、直しを入れる作業が少なくとも三回。直しも書いたものの横に第二案をシャープペンシルで書き込むという用心深さだ。(再度見直して原案の方がいいと思う場合もあるから)
それを四回ばかり繰り返し読んでようやく万年筆による清書に入る。清書も完了までに最低三回は書き直し。ようやく原稿が完成して出版社に渡したあとも、校正作業で赤を入れ続ける。ふつうは作家は初校と再校までやればいい方で、あとは編集者の仕事となるのだが、『桃尻語訳枕草子』の場合は三校は当然、編集者しか見ない念校まで手を入れるという執念深さである。(この人の「くどさ」はまったくただごとではない)
とくに面白いのは次のコメントだ。

しかもあきれることに、そのシチめんどくさいことをやればやるほど、清少納言の言葉は「桃尻娘の言葉」に接近してしまうのである。

つまり、橋本さんがあきらかにしようとしたのは「清少納言の文章の構造は、現代の若い娘の話し言葉と同じだ」ということであった。

ということで、今回は1987年の初版の『桃尻語訳 枕草子(上)』を読んでみた。
率直な感想は、やりすぎでしょ、というミもフタもないものだが、これは本人も多少感じておられたことらしい。
たとえば、人口に膾炙した第一段の夏の箇所——

夏は夜 月の頃はさらなり 闇もなほ 蛍のおほく飛びちがひたる またただ一つ二つなどほのかにうち光りゆくもをかし

わたしの読んだ初版ではこう訳してある。

夏は夜よね。
月の頃はモチロン!
闇夜もねェ・・・・・。
蛍が一杯飛びかってるの。
あと、ホントに一つか二つなんかが、ぼんやりボーッと光ってくのも素敵。

これが、『——方法』のなかでは、このように改められている。

夏は夜よね。
月のころはもちろん。
闇もねェ・・・・・。
蛍が多く飛びかってる——あと、たった一つ二つなんかがぼんやり光ってくのも素敵。

じつは初版ではと書いたが、これは文庫版でも同じである。つまり「新訳」は今回『——方法』であきらかにされたわけだ。橋本さんはこう書いておられる。

微妙に違うのは、古い訳の方が「若い娘らしさ」を過剰にしていることである。「若い娘の話し言葉と同じ」だけでやっていたから、「若い娘らしさ」にいささか振り回されているのである。
(中略)
「あ、そうか。もう一度訳し直そうと思ってたけど、これで新しい方針が立ったな」と喜ぶ私ではあるが、だからと言って、絶対に「さっさとやろう」なんて思わない。

いやはや、そのうち『新訳・桃尻語訳・枕草子』を出すらしいや。まあ、わたしは、あと中と下を読んだら、新訳までは結構ですって感じだが。
でもこの『桃尻語訳・枕草子』の註は文句なしに素晴らしい。ああ、そういうことだったのか、とこれでわかったことがたくさんある。とくに着るものについての説明はスグレモノ。すこし長くなるが例をあげた方がわかりやすいと思うので——。

25645747_f1b6219c00_z


“狩衣”っていうのはスポーツ・ウェアね。昔、狩に行く時に着てたから狩衣っていうんだけど、普段の時に着る直衣が“背広”だとするんならさ、狩衣はそれよりももっとくだけたブルゾン、ジャンパーの感じね。直衣と違うところはさ、袖が離れてるってこと。普通着物ってさ、胴体に袖をくっつけるでしょ?別に着物じゃなくたって、みんな袖は胴体にくっつけるもんだけどさ、でも狩衣っていうのは半分しかつけてないのね、後ろはちゃんと縫い合わせてあるから、後ろから見ると普通に着物なんだけど、前は縫ってないの。だから狩衣を前から見るとさ、胴体と袖の間が開いていて、そこから下の生地が見えるのよね。だから袖と胴体のすき間に手ェ入れちゃえばさ、狩衣の袖だけをパッと後ろに脱げちゃうこともできる訳。袖と胴体の間が離れてるから活動的だしね。狩の時に着てったって、分かるでしょ?——もっともあたし達の時代に男の人が実際弓矢持って狩に行く行くなんてことはなかったけどさ。だからさ、狩衣っていうのは鎌倉時代になっちゃうと武士の正装になっちゃうのね。あたし達の時代はホントの略装なんだけど。

いやあ、そうだったのか。

|

« 読まず嫌いの橋本治 | トップページ | 理性を信じない人々との共生(その1) »

b)書評」カテゴリの記事

コメント

妙なTB送ってごめんなさい。
私の中では関係しちゃってるんですみません。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2005/07/13 18:55

なんの、なんの。TBサンキュです。もっとも「萌え」ってのは、よくわからないなあ。

投稿: かわうそ亭 | 2005/07/13 20:57

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23898/4954103

この記事へのトラックバック一覧です: 桃尻語訳・枕草子:

» 『萌えキャラを描こう!』 しらゆき昭士郎, 西E田, じじ (銀河出版) [不二草紙 本日のおススメ]
 また部外者の戯れ言で申し訳ないのですが、これにはかなりビックリしました。これは [続きを読む]

受信: 2005/07/13 18:54

« 読まず嫌いの橋本治 | トップページ | 理性を信じない人々との共生(その1) »