黄瀛の詩について
黄瀛の詩集を図書館で探してみたが、残念ながら個人詩集はみつからなかった。1953年に発行された『日本詩人全集』第9巻昭和編(4)(創元文庫)に詩集『瑞枝』から数編の詩が採られていたので、美しいものを書き写してきた。なお、この『日本詩人全集』では黄瀛の戦後の消息は不明と記されている。
この詩人の作品が人の目に触れる機会はさほど多くはないと思うのでここに紹介する。戦前の詩だがおどろくほど瑞々しい。このときすでに黄瀛は、中国で蒋介石軍の将校になっていたはずだ。どのような経緯で詩集が日本で上梓されたのかは知らない。発行の書肆は東京、ボン書店と記されている。ちなみにこの詩集の発行年1934年というのは中原中也の『山羊の歌』が出た年である。
われらのSouvenirs
われらのSouvenirs
青葉につゝまれた五月を迎へた
われらのSouvenirs
動けば動くものがある
口を緘しては一線の平静
オレ、僕、自分、小生
變りはてたオレはオレの聲をなつかしがる
久しく人間らしい言葉に接しないオレは
この青葉の風景の中に立ちすくんでをる
口を動かしてもうおいのりの段でもあるまい
一言、二言、それはむづかゆいことだ
人を信じ、信じられることは今後何囘とくるか知らないが……。
オレは今實際一寸の時間しかない
その中で何を考へたらいゝか?
オレはオレだ
君は君だ
首と首との遥かな距離
淡彩の瑞々しい立體
あれから何年かの月日が流れて行つた
これはこゝでおしまひになるものだと自覺する
オレの出発はこゝから始まる
それならばX光線で見透かされたオレのみすぼらしさは?
——いや、いや、歴史は光輝ある名譽
古めかしい匂ひのまゝでいゝ
われらのSouvenirsを
一切のそれを天に昇らせ、大地に埋める
一人が一人、二人が一人
一人が一人
この心安さを季節の夕風がそよそよ吹いてくれる
パツとおちついた色彩の灯がついた!
詩集『瑞枝』(ボン書店/1934)より
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