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2005/07/23

波郷と白泉

『波郷句自解 無用のことながら』石田波郷(梁塵文庫/2003)を読んでいたら、波郷と渡辺白泉が親しい友人であったことが記されていて、ちょっと意外に思った。ホトトギスという俳壇支配の勢力に負けはしないという気概は共有していただろうが、波郷という人は、白泉たちの新興俳句とは一線を画していたという思い込みがあったからだろう。
昭和22年、キャサリン台風が関東を襲った年、波郷は結核に倒れたが、療養所に入るだけの経済的な余裕もまたなかった。馬酔木の古い先輩たちは俳壇から義援金をつのった。(波郷が清瀬の国立東京療養所に入ったのは翌昭和23年のことであった)

わが友渡辺白泉は遠く山陽に移り住んでゐたが、「砂町の波郷死なすな冬紅葉」の一句を某紙に発表した。私は涙にくるゝ思ひで

   砂町は冬樹だになし死に得んや

と酬いた。
俳句の出来はともかく、なんかいい話である。
調べてみたら、この二人は、ともに1913年(大正2年)生まれ。俳句に対する考えは異なっても、同い年というのはやはり同志的な気持ちが生まれるものなのかな。

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