« 樋口一葉とモンゴメリー | トップページ | お笑い中国共産党 »

2005/09/14

ブローデル、みょうばん、梨木香歩

ブローデルの『地中海』の第2巻を読んでいると、16世紀にはセビーリャ、ジェノヴァ、ヴェネツィアなど地中海の都市間で様々な物資の取り扱いをめぐる駆け引きやスパイの暗躍ががあったこと、あるいはネーデルラント、ノルマン、イギリスなどからの冒険商人や海賊たちが、地中海の交易に乗り込んできたこと、新大陸の銀の流入による貨幣価値の劇的な変化があったことなど、いろいろな要素が複雑にからみあって不思議な光景が見えてくる。大小の商船で運ばれる物資も、金、銀、小麦、織物などさまざまだが、そのなかで明礬(ミョウバン)が重要な商品として扱われていることが、わたしには面白かった。

調べてみるとオリエントの明礬は古くはローマ帝国時代から、染色の媒染として用いられていたようだ。ブローデルの『地中海』の時代(16世紀)には、この媒染の原料はヴェネツィアなどから、フランドルやイギリスに向けて送り出された。この地域の毛織物業に欠かせない物資だったのでありますね。

面白いなあ、と思ったのは、たまたま平行して読んでいたのが梨木香歩さんの『りかさん』と『からくりからくさ』だったからだ。
『りかさん』には主人公ようこちゃんの祖母が桜の枝を煎じて絹の反物(人形の着物のための)を染める場面がある。

「よし、じゃあ、りかの言うとおりそれを煎じようじゃないか。茄子漬けに使った焼きみょうばんがあったから、あれを媒染にしよう。反物とか、鍋とか、準備するから、ようこはその枝をこのはさみと小刀で細かく刻んでおいで」(p.196)
このようこちゃんが、成長して染織家となり、織物や手仕事を生業とする女たちと共同生活をする物語が『からくりからくさ』である。

染め物をする人には常識なのだろうが、媒染がどういうものであるのか、わたしはまったく知らなかったなあ。ネットで調べると、これがどういうものかおおよそのイメージはつかめる。(たとえば、【ここ】)
もしかすると、こういう媒染のノウハウというのは、かなり古い文明にまでその起源が遡れるのじゃないかしら。同じひとつの文明から東は中国、朝鮮、日本へと、西にはギリシア、ローマ、北欧へと伝わったもののような気がする。

それにしても、おばあちゃんが言ってるみたいに明礬って茄子漬けに使うものだったのか。カミさんに聞いたら、うちにだってあるわよ、あったりまえじゃない、と言われた。いや、そんなこと、たいていの男は知らんよ。

上のサイトやほかの染色をテーマにしたサイトで知ったことだが、古代日本では天然の明礬が稀少であったことから、紫根染めの媒染剤には椿の灰をつかった。

紫者灰指物曽 海石榴市之 八十街尓 相兒哉誰
紫は灰さすものぞ海石榴市の八十のちまたに逢へる子や誰れ
(巻12ー3101)

奈良県桜井市の金屋周辺が海石榴市(つばいち)の跡であるとされて歌碑も建っているようだ。椿市がなぜ海石榴市なのかとか、ここで媒染剤としての椿の灰を扱っていたのだろうかとか考えてみるのも楽しいことではある。あるいは、奈良時代の人が明礬の代用品をいろいろ試してみて、椿の灰が一番いい発色があることを発見するまで、どれくらいの試行錯誤があったものなんだろうかとかね。
PICT0002.JPG
ところで梨木香歩さんの上記の二冊は素晴らしい本です。
『りかさん』で、たぶん読者は、なにか忘れ物をしたみたいなんだけどなんだろうなあ、と首を傾げるだろう。そして『からくりからくさ』を読んで、ああ忘れ物はこれだったのか、とひとまず理解と納得が得られるだろうと思う。でも、そういう理解のさらに外側に、まだなにか大きな——しかもかけがえのないほど美しいという記憶だけは残っているような——忘れ物をしているような気がして思わず考え込むのではないだろうか。それを考え続けさせるところにこの小説のよさがあるように思う。
まあ、いくつか不満な点もあるのだが、それを補ってあまりある豊かさで、わたしはこれを高く高く買う者であります。

|

« 樋口一葉とモンゴメリー | トップページ | お笑い中国共産党 »

c)本の頁から」カテゴリの記事

コメント

ちょこっと遊びに来てみました。
文学の香り漂うブログですね。
ゆっくり拝見させてくださいね。

投稿: そら | 2005/09/15 17:30

こんばんわ。ようこそ。梨木香歩さんのご縁ですね。わたしの方も、ときどき寄せていただきます。
ではでは。

投稿: かわうそ亭 | 2005/09/15 21:24

文庫版の「りかさん」には「ミケルの朝」というのが載っています。
それをみると、りかさんがアビイとした約束がミケルに対して果たされる(だからマーガレットはあの女性の子孫ということになる)という考えもできると思います。 ここはちょっと解釈が分かれそうですが、りかさんが光となってミケルを包んだように思えてならないのです。

トラックバックありがとうございました。 あとで当方からもしておきます。

投稿: 濫読ひで | 2005/10/14 13:22

マーガレットとりかさんについては、おっしゃるとおりだと思いますね。いい小説でした。
コメントをありがとうございました。

投稿: かわうそ亭 | 2005/10/14 21:55

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23898/5940747

この記事へのトラックバック一覧です: ブローデル、みょうばん、梨木香歩:

» 「りかさん」「からくりからくさ」梨木香歩 [日だまりで読書]
久しぶりに以前読んだ本のご紹介。 去年の冬は梨木さんの作品に出会った冬でした。 私の大切な本になっています。 ★★★★★ りかちゃん人形がほしいとおばあちゃんにおねだりし [続きを読む]

受信: 2005/09/15 17:09

« 樋口一葉とモンゴメリー | トップページ | お笑い中国共産党 »