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2005/09/06

正岡子規の涙

『子規と啄木』中村稔(潮ライブラリー/1998)は、ひとつの評論のなかで子規と啄木を論じたものではなく、「近代の詩人」全7巻の編集委員であった中村さんが担当執筆したふたつの解説を収録したもの。作品や書簡あるいは評伝などを通して、ふたりの詩人としての資質を明晰に述べておられる。
どちらの評論もたいへんすぐれたものだが、とくに子規について、その詩精神の底に流れる感情として、士族としての強烈な出自意識、階級意識があったのではないか、という指摘に「ああなるほど」と深く納得するところがあった。
この本で初めて知ったことだが、夏目漱石は子規のこのような身分意識について、親友らしい情理のこもった批判の手紙を送っている。

君の議論は工商の子なるが故に気節なしとて四民の階級を以て人間の尊卑を分たんかの如くに聞ゆ 君何が故にかゝる貴族的の言語を吐くや君若しかく云はゞ吾之に抗して工商の肩を持たんと欲す。(明治24年11月7日付書簡)
本書には、この引用の前の段からかなり長い引用がしてあるが、いかにも漱石らしい率直さと真情のこもったいい文面だと思う。
俳句革新においては、俳諧の堕落腐敗はその平民性によるものだと子規は考えた。一方短歌革新においては、和歌の堕落腐敗が堂上貴族の占有とされていたことにあると、いうのが子規の見立てだった。
和歌は長く上等社会にのみ行はれたるがために腐敗し、俳句はとかく下等社会に行はれやすかりしため腐敗せり。われらは和歌俳句の堂上に行はれるを望まず。和歌俳句の俗間にて作らるゝを望まず。和歌俳句は長く文学者間に作られん事を望むなり。(「人々に答ふ」第11回)
子規の詩精神のベースにあったのが士族としての矜持だと考えるといろいろ思い当たることがあるだろう。「写生」というのも、後年のホトトギス流のそれとはかなり違った見方ができるように思う。

しかし、とりあえず、この子規の士族意識ということから、これまでどうもしっくりこなかったひとつの俳句の解釈について、やはり自分の感じ方でいいのではないかと納得したことがある。それは明治30年、「送秋山真之米国行」と前書きのあるこの句だ。

  君を送りて思ふことあり蚊帳に泣く

海軍大尉として米国留学に赴く秋山に別れ、子規は何を「思って」泣いたのだろうか。ここで「再会の期しがたい事を思って」子規は泣いたのだとする解釈がある、わたしはこれは違うと思う。子規はそんな懦弱な人間ではない。再会が期しがたいことなどで泣くはずがない。わたしは、子規は秋山が羨ましかったのだと思う。武人としての栄光の道を確実に歩み始めた友人を祝福しながら、病に冒された我が身を省みて悲しくてならなかった。できることなら、秋山のように士族の誇りを社会のなかで生かすことのできる未来が欲しかったのだと思う。

子規の涙はそういう意味だったと、わたしは思う。

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コメント

かわうそ亭さま

「君を送りて-」の句の解釈はまさしく仰言るとおりだと思います。
士族の矜持であり、それだけでなく明治の気風だったのでしょう。
秋山がアメリカでマハンに学んで後に日本海海戦に勝利するのも、漱石が英国で「文学とは何か」を研究するのも、道の違いがあるだけで、すべて日本の近代化・生き残りのための努力だった。子規はそのいずれにも参加できなかったのが無念だったのでしょう。
それは子規が漱石に送った最後の手紙(「僕ハモーダメニナッテシマッタ――」で始まる有名な手紙)でも分かります。
しかし彼は病床にあって、30代半ばの短い生命の中で、日本の俳句革新をやって見せた。本当はこれも秋山や漱石の業績に比肩できるものだったのですが、自分でもそう評価し、慰めとしたかどうか?

我善坊

投稿: 我善坊 | 2005/09/06 20:33

子規の業績の評価、ほんとうにそう思います。我善坊さんのコメントを読んで、泣けてきました。
まもなく獺祭忌がやってきますが、「明治の気風」を忘れないようにしたいと思います。

投稿: かわうそ亭 | 2005/09/06 23:04

古いロムをひっぱりだして恐縮です。当時、子規には関心がなくこの項も読み飛ばすほど無関心だったのですが、昨年病床の父をもちながら晩年の子規を読む機会をもてました。今頃になって子規に近づかせていただいたような気持ちでいます。
子規が結局は歴史に残したもの、いやおうなく残さざるをえなかったもの。これを子規自身が現在の位置から、当時の痛みをもちつつ、ふり返ることができるとしたら・・・と考えながら、お二人のコメント感慨深く読ませていただきました。

投稿: かぐら川 | 2008/01/17 01:05

お父上のことは残念でしたね。
同年代の男として我がことのように感じ、あえてお言葉をかけるのを控えておりましたが、遅まきながらお悔やみを申し上げます。
わたしのほうは先日、カミさんに贈らせた『白楽天詩集』は、なかなかよかったと、これまたカミさん経由で父の伝言。いくつになっても父と息子はじかに話すのがお互い照れくさいようです。

投稿: かわうそ亭 | 2008/01/17 21:11

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