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2005/10/05

平家物語を聴く

『CDブック声で楽しむ「平家物語」名場面』鈴木まどか(講談社/2004)を聴いている。著者および演奏者である鈴木さんは1969年生まれと若い方だが、前田流平家詞曲相伝である。
平家物語を聴くといえば、耳無し芳一のお話が頭に浮かぶが実際に聴いたことはいままでになかった。これを平家琵琶と呼ぶ。楽器そのものを指すときも平家琵琶、伝承芸能としての演奏も平家琵琶である。平家琵琶はまた平曲あるいは平家詞曲とも呼ばれることをはじめて知った。
このCDブックがどういうものであるかは、「まえがき」の一部を引くのが一番いいだろう。

平家詞曲の教則本は『平家正節(まぶし)』といいます。物語を一九九の「句」に分け、教習順に編さんされており、曲節(旋律形式)や節博士(節まわしをあらわす譜)が示されています。
合戦の場面や和歌の詠唱には、それぞれ特有の曲節がありますから、古文の文法が苦手でも、語り手が淡々と語ることによって、だいたいの内容は理解できるようになっています。
淡々と、いっても、七五調で書かれた詞(ことば)をわざわざ長くのばして語ったり、読みづらい詞を調子よく語ったり、お話として人気のある句をかえって単調に語ったりと、意外なこともあります。
本書では、読んでも、聴いても、語っても面白い句を二五句選び、原文とあらすじと平家詞曲の聴きどころを紹介することにしました。
本書によれば、もともとはお茶室やお堂など、あまり広くない空間で語られるものだった。大きめの会場で演奏するときは屏風などが音響的によい効果を生むようだ。また絵や書をバックにして演奏することも相乗的な効果があったという。たとえば那須与一(平家物語巻之十一)の語り——

 弓は強し
 鏑は浦響く程に長鳴りして
 誤たず
 扇の要際一寸ばかり置て
 ひいふつとぞ射切たる
 鏑は海に入りければ
 扇は空へぞ上がりける
 春風に
 一揉
 二揉み揉まれて
 海へ颯とぞ散たりける

聴いていると「一揉、二揉み揉まれて」の箇所は長く長く引きのばされ、眼前に扇がひらり、ひらり、ひらりとスローモーションで落ちてゆくのが見えるようだ。

夕日のような色を重ねた絵の前で「那須与一」を語ったときは、ちょうど絵のなかに想像の扇が舞い落ちていくようだった、という感想をいただいた。
ああ、これは美しいだろうなあ。
この場面、NHKの大河ドラマではジャニーズ事務所の今井翼くんが演じるのをたまたま見たが、なかなか様になっていたように思う。やはり日本人の血肉になっているということか。

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コメント

以前、吉村昭の『平家物語』を読みかけたことがあるんですが、他の本に気を取られてしまって結局『平家物語』は読みきれないまま図書館に返却してしまいました。そうか、CDの朗読で聴く、というアプローチの仕方もあったとは!そう言えば教育TVの朗読の番組で大竹しのぶが小さい子供たちに「狂言」を朗読している回がありました。TV画面には本の文面が字幕スーパーで出るんですが、狂言の文面そのままの朗読(もちろん現代語ではない)なんですが、子供たちはどの子も夢中で聞き入っていたのが印象的でした。「耳なし芳一」は小泉八雲の児童書で読んだことがあります。結構怖いお話ですよね。

投稿: 屁爆弾 | 2005/10/05 21:17

やあ、こんばんわ。
この平家琵琶というのは、いわゆる朗読とはちょっとちがうんです。どういうことかと言うと、たとえば「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響き有り。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す」という一節(これを平家詞曲では句と呼ぶらしいのですが)だけで4分48秒かけて語ります。つまり耳で聴けるのは、長大な平家物語のごくごく一部というわけ。でも、もともと平家というのは聴くものだったんだなあ、むかしの人は短い人生なのになんて時間がたっぷりあったのかしら、なんて思いますね。

投稿: かわうそ亭 | 2005/10/05 21:48

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» 琵琶奏者 [ミュージシャン熊野秀樹]
平家物語の冒頭で、 「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらは(わ)す。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。」 高校の卒業が出来るか出来ないかは、これの暗記次第...... [続きを読む]

受信: 2006/01/21 11:39

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