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2005/10/28

英語でよむ万葉集

『英語でよむ万葉集』リービ英雄(岩波新書/2004)を夢中で読んだ。
いったいこの歌をどう英語に置き換えることができるというのだろう、そんなことは不可能だと思いながら、次に英訳を読んでみると、見事な英詩になっている。もちろん、英語の微妙なニュアンスを味わうほどの力はわたしにはないけれど、英訳によって、いいなあこれ、というのがたくさんあって心底驚いた。
また、細かい事だが、いままで万葉集の詞書というのがどうも邪魔なものに思えてならなかったのだが、この英訳を読むと、詞書がじつに生き生きとして、重要なものであることがわかる。あるいは歌を詠んだ人の身分の表記などが日本語と英語ではずいぶん感じが異なる。
例をあげよう。「太宰少弐小野老朝臣(だざいのせうに/をののおゆの/あそみ)」の英訳は"Ono Oyu, the Vice-Commander of the Dazaifu" となる。どうだろう、案外、英語から受ける印象の方が正解なのかもしれないと思わないだろうか。

どの訳も素晴らしいものだが、とくに印象に残ったたものを三つだけ書きとめておきたい。本書にならって、まず日本語を、つぎに英訳をならべてみよう。

沙弥満誓の歌一首

世の中を 何物に譬へむ 朝びらき 漕ぎ去にし船の 跡無きごとし


Poem by Priest Mansei

To what shall I compare
      this life?
the way a boat
rowed out from the morning harbor
  leaves no traces on the sea. 



上宮聖徳皇子の、竹原井に出遊しし時に、龍田山の死人を見て悲傷して御作りたまひし歌一首

家ならば 妹が手巻かむ 草枕 旅に臥やせる この旅人あはれ


Poem by Prince Kamitsumiya Shotoku, written in his grief when he found the body of a dead man on Tatuta Mountain during his processin to Takaharanoi

If he were home
he would be pillowed
in his wife's arms,
but here on a journey
he lies with grass for pillow---
traveler, alas!



男子、名古日を恋ひし歌三首より

‥‥漸々に 形崩ほり 朝な朝な 云ふこと止み 霊きはる 命絶えぬれ 立ち踊り 足すり叫び 伏し仰ぎ 胸打ち嘆き 手に持てる 吾が子飛ばしつ 世間の道


from Poems longing for his son Firuhi

....Time slowly
ravaged his features,
morning after morning
he spoke less and less
until his life,
     that swelled with spirit,
            stopped.
In frenzied grief
I leaped and danced,
I stamped and screamed,
I groveled to the earth
and glared at heaven,
I beat my breast and wailed.
I have let fly the child
I held in my hands.
This is the way of the world!

最後の歌は山上憶良の愛児への挽歌(万葉集巻5/904)だ。「吾が子飛ばしつ」"I have let fly the child"のところで涙がこみ上げてくる。

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コメント

この本、買うことにしました。
I have let the child fly   これ涙です。
古文の理解力と英語の理解力を比較すると英語の解釈の方が容易な私ですが、言わんとする想いは全然損なわれずに伝わっている様に思いました。官位などを必死で研究して訳している姿を想像して読むのが楽しみです。
手持ちに、東京に居た英国人R. H. Blythという人が Sakuo Hashimotoという日本人の助けで1949年に北星堂から出した「俳句」という本があるのですが、時代が古いですが結構面白い。


ともかくもあなたまかせの年の暮   一茶

Even so, even so,
Submission before Yonder---
The end of the year

うらうらとのどけき春の心より
にほひ出たる山ざくら花       賀茂真淵

From the heart
Of bright and balmy spring
Are wafted forth
These mountain cherry flowers

読んでいると愉快です。

投稿: でんでん虫 | 2005/10/29 00:45

でんでん虫さん こんにちわ。
本文に書いているように、わたしみたいにさほど英語が達者とはいえないような人間でも、むしろ英語で読んだ方がわかりやすいというのも面白いことです。ぜひ、ご一読下さい。
ブライスの『俳句』(でんでん虫さんがお持ちの本ではなくてだいぶ後に永田書房が出した版)は、ぱらぱらとめくったことがあります。なんせ、ぶ厚い本だったなという記憶しかありませんが。(笑)このブライスという人は太平洋戦争のときに日本にいて収容所生活を送っておられますね。敗戦直後の皇室に入り、昭和天皇とも非常に親密だったのではなかったかしら。

投稿: かわうそ亭 | 2005/10/29 20:51

James W Hackett からBlyth を尋ねて、ここに参りました。
博学な方と驚いています。
「東京に居た英国人R. H. Blythという人が Sakuo Hashimotoという日本人の助けで」とありますが、
このSakuoと云う人について、知る手がかりあらば、教えて下さい。
私と同名sakuoに生まれて始めて出会いました。

sakuo。

投稿: 中村 作雄 | 2009/08/02 10:29

こんにちわ。
ネットを検索すると(わたしも今回はじめて知ったことばかりですが)以下のようなことがひかかるようです。すでにご存知のことでしたらごめんなさい。ただし、言うまでもなく、すべてネット検索で立てた仮説にすぎませんので、事実かどうかは、まったく不明です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8E%8C%E5%80%89%E6%96%87%E5%BA%AB
http://www.gardendigest.com/zen/blyth.htm

まずブライスの『Haiku』全4巻の出版は1949年から北星堂書店で始まったようですが、お金の面で世話をしてやったのが当時の宰相吉田茂だったとありますね。本は二人の日本人に献じられていて、一人は「Naoto Ichimada」、もうひとりが、お尋ねの「Sakuo Hashimoto」でありますね。
ここでまず「Naoto Ichimada」ですが、これは珍しい名前です。吉田が世話をしたのなら、これはたぶん、当時の日銀総裁一萬田尚登ではないかと思うのですがどうでしょうか。ただし「尚登」は「なおと」ではなく「ひさと」と読むのが正しいようですから、やや不審が残りますが。なにしろ法王とよばれたセントラルバンカーですから、これほど頼りになる資金面での保証人もない。
さて、それでは「Sakuo Hashimoto」のほうですが、これはたぶん、当時の大同製紙社長の橋本作雄のことではないでしょうか。なにしろまだ戦争に負けて数年しかたっていないわけで、出版のいちばんのネックは必要な紙を優先的に手に入れることだったのではないか。橋本作雄は、川端康成や高見順など鎌倉文士がやっていた鎌倉文庫を戦後、支援して出版社にしたことが鎌倉文庫の関係の資料にありますから、吉田茂が口をきけばよろこんで紙の手当くらいは会社にさせたのではないかと思われます。
橋本作雄については、残念ながらあまりくわしい経歴は少なくともネットらら見る限りではわかりませんが、一萬田尚登のほうは伝記もちゃんとありますから、もしかしてブライスの献辞がなにによるものかくらいはわかる可能性もあるかもしれませんね。

投稿: かわうそ亭 | 2009/08/02 21:50

リービさんの英訳を読んで、日本語の詩を英訳したらもうその詩の命は死んでしまうものだなと思い知らされました。内容は英訳できても、当然ながら日本語の表現の美しさは破壊されてしまいます。悲しくなりました。
英訳した本を出すより、その詩の解説を書いて原語を理解してもらい、声を出して原詩の美しさを外国の人に知ってもらいたいです。詩は短いので、それは可能だと思います。

投稿: 菊川太郎 | 2010/04/12 11:48

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受信: 2005/11/16 09:03

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