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2005/10/08

峰の嵐か松風か(承前)

昨日のつづき。(ここ)
小督は嵯峨野にひっそりと隠れ棲んだ。

しかし高倉天皇は美しい小督のことが忘れられない。
いかに岳父清盛の不興があろうと、小督を取り戻したいと願う。
ついに仲秋名月の夜、源仲国(なかくに)という北面の武士を召すと嵯峨野あたりにいるということだけをたよりに小督を捜し出すように命じます。
仲国は笛をたしなむ。小督の琴と和したこともある。この月を見れば、小督殿のことである、必ず主上のことを想い琴を弾くはずと月の嵯峨野を馬でめぐる──

 亀山の辺近く松の一村有る方に
 幽かに琴ぞ聞こえける
 峯の嵐か松風か
 尋ぬる人の琴の音か
 覚束無くは思へども
 駒を早めて行くほどに
 片折戸したる内に琴をぞ弾き澄まされたる
 控へて是を聞きければ
 すこしも紛ふ可(べう)も無く
 小督の殿の爪音なり
 楽は何ぞと聞きければ
 夫を想ふて恋ふとよむ
 想夫恋といふ楽也けり

仲国は小督を探しあて、主上の深い嘆きに心を動かされた小督は宮中に戻り、姫君を生むのであります。しかし、それを知った清盛は小督をとらえて剃髪させ出家させてしまうのであった。こうして、高倉は生きる希望を失って身を儚くされたのでありますね。

ところで、これは知っている人には「なにをいまさら」のことなんでしょうが、この平家の「小督」、黒田節の二番の歌詞になっています。

 酒は飲め飲め飲むならば
 日の本一のこの槍を
 飲みとるほどに飲むならば
 これぞまことの黒田武士

 峰の嵐か松風か
 尋ぬる人の琴の音か
 駒をひきとめ立ち寄れば
 爪音高き想夫恋

いまわたしたちが聞く黒田節は昭和の作。もともとは筑前今様がもとになったらしい。どこで平家の小督と黒田長政の家中がつながったかはわからないが、まあ主君の恋の手助けをするのも、もののふの道ということであるのかもしれませんな。

 嵐山藪の茂りや風の筋  芭蕉

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コメント

「コロ」はてな? 「リン」ははーん、「シャン」此処じゃわい

という古川柳がありましたね。仲国が月夜に小督を捜し歩くさまを詠んだもの。(オノマトペの記憶に自信がありませんが)

投稿: 我善坊 | 2005/10/11 19:44

こんばんわ。
「ちゃん・りん・しゃん」なら知っているのですが——って、テレビの見過ぎでしょうか。(笑)

投稿: かわうそ亭 | 2005/10/11 20:59

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