貴婦人と一角獣
『貴婦人と一角獣』トレイシー・シュヴァリエ/木下哲夫訳(白水社/2005)は、中世(15世紀末)のパリとブリュッセルを舞台にしたとても面白い小説。
三部構成で各部に三人から四人の語り手が登場する。
パリのクリュニー美術館に展示されている六枚連作のタピスリーが小説のモチーフになっているのだが、その図柄が本の表紙や見返しに印刷されている。物語が進むつどそれらを何度も眺めることができるのがありがたい。ただし小説だけで独立してないという意味ではない。小説のなかのタピスリーだけでも、まったく不足はない。ただ、実際のタピスリーに作家がどんな空想を広げたかを確かめることも一興で、読書にはいろんな愉しみ方があるということだ。
本書を読んで辻邦生の『十二の肖像画による十二の物語』のことを思い出した。もっとも内容はほとんど忘れているので、実際はあまり似たところはないかもしれない。辻邦生はとてもすぐれた物語の作り手だと思うのだが、惜しむらくは色気に欠ける。
それに比べるとトレイシー・シュヴァリエという作家は、空想によって物語を紡ぐと同時に、そこに料理の臭いや、草花の汁気や、女の官能なんかを巧みに織り込む才能があるようだ。一言で言えば色気がある。
色気も善し悪しで、あまりしつこいのは好みではないが、本書はそのあたりの塩梅が絶妙で感心させられた。
この作家、昨今、映画にもなった『真珠の耳飾りの少女』で世評が高い。わたしは今回はじめて読んだ。たしかにいい作家だと思う。オフィシャル・サイト(ここ)に写真があるが、感じのいい女の人だ。略歴をみると、小説は夜間のクリエイティヴ・ライティングのクラスで勉強したとある。
そういえば、内田樹さんも大学にクリエイティヴ・ライティングのプログラムを持ち込むのが宿願だと先日書いておられたな。(ここ)
たぶん、こういう発想というのはまだ反感を持つ人もいるような気がするのだが、わたしは、大学の文学部に小説の書き方を教えるコースがあるというのは、すごく素敵なことじゃないかなぁと思っている。
まあ、要は、そこからどんな作物が収穫できるかということなわけで。
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コメント
はじめまして
最近ブログを始めたものです。
偶然このブログを見つけまして、今日はほぼ一日かわうそ亭先生のみごとな読書日記を閲覧しておりました。
一角獣のタピスリーは以前クリニュー美術館で見たことがありまして、最近この本を書店でみて気になっていた一冊でした。ぜひ購入して読んでみようと思います。
辻邦生の『十二の肖像による十二の物語』はたしか文藝春秋に連載されていましたよね。折込の絵を見ながら読んだ記憶があります。内容は先生同様忘れてしまいましたが(笑)。
これからも読書の指針とさせていただきます。
投稿: 烏有亭 | 2005/11/27 18:05
烏有亭さん はじめまして。一角獣のタピスリー、巴里でご覧になったとはうらやましいです。お粗末なものですが読書日記お読みくださったそうで、ありがとうございます。わたしの方も烏有亭さんのブログも拝読いたしました。本と映画のお話は、わたしも目がないので、これからもときどきのぞかせていただきます。
あ、それと「先生」はどうぞご勘弁くださいませ。実際に先生と呼ばれるたぐいの仕事でもありませんし、自分のことではないみたいなので。(笑)お互いにさんづけでおつきあいください。
投稿: かわうそ亭 | 2005/11/27 21:49