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2005/11/03

抜粋黒板/窪田空穂

岩井聡さんのブログ「単独者の日記」(ここ)で紹介されていた『窪田空穂歌文集』(講談社文芸文庫/2005)から。以下のごく短い文章に、深く納得するものがある。全部、引用する。

歌の形式

三十一音の歌が好きで、永いあいだ、読みもし作りもしたが、飽かずに来た。然し、三十一音という形式がなぜ好きだかということは、あまり考えもしず、考えてみても分からなかった。好きだから好きだという位でいた。言って見れば嘘のようで、本当の事であった。此の頃になって漸くはっきり分かって来た。委しく云おうとすれば少しは云えるが、分かって見るとそれにも及ばない程何でもない事である。一と口にいうと緊張した心は、定まった形式を要求するものである。三十一音の歌は、心持が或る程度まで緊張して来ると、最も手頃な形式となって来るものだという事である。それだけの事である。
三十一音を短か過ぎるとする人も、長すぎるとする人も、何れも心持の緊張の程度からいう事である。長すぎるという人には耳を傾けるべきであるが、短か過ぎるという人は、それだけの程度の緊張をも持たない人で、与しがたい人である。(大正九・一「国民文学」)
『窪田空穂歌文集』
(講談社文芸文庫)p.200

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