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2005/12/22

アランとヘーゲルと吉田健一

丸谷才一さんの『綾とりで天の川』(文藝春秋/2005)を読んでいたら、アランについて書かれた話があった。青土社の清水康雄さんから聞いた話だという。

清水さんは哲学が好きで、それで「現代思想」といふ雑誌を出したりしたわけだが、あるとき吉田健一さんといつしよに歩いてゐて、かう訊ねたのださうだ。
「先生、アランのことを教へて下さい」
ここで、話せば長くなる、なんてことは吉田さんは言はない。一言かうおつしやつた。
「あれはヘーゲルを読んだ人ですね」
清水さんは答へた。
「あ、それでわかりました」
全部わかつちやつたのである。まるで剣の奥義を伝授する、剣豪小説の一場面みたいだが、わたしはアランといふ名を見かけるたびにこの一挿話を思ひ浮べる。そして、何となく楽しくなる。

はは、さすがに「あ、それでわかりました」という風には行かないが(当たり前だ)、『プロポ』のなかに、ヘーゲルについてこんな言及がある。
この点、わたし自身ながいあいだ思い違いをしていた。わたしは、ある観念にたいする反論はちょうどその観念に等しい価値しか持たないことがなかなか理解できなかったのだ。いや、こう言ったほうがいい。観念への反論とその観念自体は、つねにおなじ観念であると。この点わたしはヘーゲルに賛辞を捧げる。
『プロポ 1』アラン/山崎庸一郎訳(みすず書房/2000)p.311

うーん。こっちも、「あ、それでわかりました」とは行かないか。(笑)

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コメント

吉田健一と聞いて出てきました。吉田健一の文章にはよい意味で“けれん”があって好きです。人によってはそれが鼻につくかも。アランですか。ドロンじゃぁないですよね。読んだことないなぁ(恥)。意外にフランスのインテリって、ドイツの哲学者の影響受けてますよね。ハイデッガーのナチスへのコミット問題では、デリダが擁護にまわってましたし。でも、私の印象に強烈に残っているのは、ヴァレリーの「方法的制覇、またはドイツの制覇」です。ヴァレリーが22、3歳の頃、新聞に依頼されて、その頃のドイツの経済的躍進振りを分析したものです。かつては、筑摩版の全集11巻でしか読めませんでしたが、今年になって、平凡社ライブラリーの、「ヴァレリー・セレクション (上)」 、に収められてますね。ヘーゲルは、意外なところにファンがいて、プラグマティズムのパースが結構ヘーゲルの弁証法を評価していて、自分の論理学に取り込もうとしてますね。あのわけの解らん言葉遣いではなく、時間展開の論理としての弁証法ですが。いろいろ思い出したのでそのうち、blogに書くとしましょう。

投稿: renqing | 2005/12/24 04:51

丸谷さんのエッセイは好きでこの『綾とりで天の川』も少し前に読んでいたのですが、このエピソードはすっかり忘れていました。(多分理解できなかったのですね・・・)
もう一度読み直したいと思います。
ありがとうございました。

投稿: MARU | 2005/12/24 09:00

私は不勉強でアランは読んでいませんが、ここを拝見しただけで読みたくなりました。
いつもどおり「かわうそ亭」さんは大変な書評家ですね。だからこのウエッブを見ていると、「読むべき本」のリストがどんどん長くなってしまう。困ったものです。
勿論私は吉田健一のファンです。あの文体を白洲正子が「運動神経皆無な”健坊”」と評したのはけだし名言で、同様にその方の能力に欠ける私は、以来大変に親近感を持っています。
我善坊

投稿: 我善坊 | 2005/12/24 16:29

 ”「読むべき本」のリストがどんどん長くなってしまう。”
我善坊さんに同感。ほんと、そうです。この間も本が読めない状況だった僕でも1冊読まされてしまいましたからね・笑
 最近のエントリーも面白いものばかりなのだけど濃い内容ばかりで簡単にレスできないまま次々と興奮するエントリーを読ませてもらってます。
 「あ、それでわかりました」って職人の仕事の話で実感することがあります。言葉ではどうしても伝えきれない世界があって、でも出来ない事のすぐ近くまで「やっている人」にはその一言で伝えられる事が、親密な関係の仲ではあり得るのですよね。一言でわかる「関係性」というのもあるのかもしれません。

投稿: たまき | 2005/12/24 23:59

renqingさん
あはは、ドロンじゃないって(笑)。『プロポ』の奥付によれば本名は Emile Auguste Chartier。(1868-1951)「ノルマンディーに生れ、ミシュレのリセ時代に哲学者J.ラニョーの講義を通して、スピノザ、プラトン、デカルト、カント、ヘーゲル等を学ぶ。エコール・ノルマル卒業後、ルーアン、アンリ4世校などのリセで65歳まで教育に携る」——とあります。
それにしてもハイデガー、デリダ、ヴァレリー、パース、ヘーゲル、わたし、どれひとつとして読んだことがありません。まいった。(笑)

MARUさん
いや、もちろん、わたしも理解しておりません。(笑)こういうのは、聞いたり読んだりして、ただただ、ニコニコしていることくらいしかできない。

我善坊さん
白洲正子と吉田健一ということで思い出したことがあります。
だいぶ前なんですが、樺山伯爵邸のことがわたしの旧サイトで話題になりまして、白洲正子が住んだ樺山資紀邸と串田孫一が住んだ串田萬蔵(三菱銀行会長)邸と”健坊”が住んだ吉田茂邸をめぐるアームチェア建築探偵譚。過去のログをひっぱりだしてひとつ近日中に一話仕立てようと思います。ありがとうございました。

たまきさん
「あ、それでわかりました」の世界って、なんかそういうものだよなあ、と思います。わからない人、あるいは、わかろうとしない人というのは百万言費やしてもわからないし、わかる人にはたった一言でわかる。上のアランの文章もなんかそんな気配がありますね。(笑)

投稿: かわうそ亭 | 2005/12/25 00:18

 やはりドロンではなかった(-_-;。エコール・ノルマルといえば、河盛好蔵がフランス留学中、友人のエコール・ノルマルの学生を下宿に呼んだら、下宿の娘がそれを聞いて朝から「ノルマリアンが来る、ノルマリアンが来る」と大騒ぎしていたそうな。さすがは、エコール・ノルマル・シュペリゥール。最敬礼m(_ _)m。
 私が名前を挙げるのはすべて、一知半解。いわば、こけおどし。こらえ性がないので、まずは読み通せません。半知1/4解ていど。いずれ足元すくわれて、ほうほうの体で逃げるっていう寸法ですね。お気になさらずに。
 それより、ご亭主の本読みの趣味のよさに弟子入り中です。
 「かわうそ亭」で揉まれたい、ていうblog名、いいかもです。(^-^v

投稿: renqing | 2005/12/25 03:46

 一言、言い忘れ。たまきさんの、
>言葉ではどうしても伝えきれない世界があって、でも出来ない事のすぐ近くまでやっている
っていうのは、見事な表現ですね。今後、使わせてもらいます。(^-^d

投稿: renqing | 2005/12/25 04:32

白洲正子といえばもう一言。
『遊鬼ーわが師わが友』というエッセイ集に、子供の頃父親に連れられて京都の冷泉家を訪ねたときの話が出てきます。玄関で名を名乗って案内を乞うと、書生が奥に向かって「地下人(ぢげびと)が参りました」と告げたという。
白洲正子の父親はご指摘のように樺山伯爵で、当然当時は「殿上人」で「地下人」ではなかったと思いますが、あちらでは明治以後の位階など通用しないらしい、と書いているのが可笑しかった。
この話の後のほうに、「公家嫌いの公家」として出てくる白洲の女子学習院の同級生が、冷泉家の先代当主の姉上で、その息子さんが私たちの親しい友人のひとりです。気のおけない仲間で集まると「俺たち地下人はー」と言ってこの話を肴にしています。
ついでに言うとこの方の弟さんは、名前を上げれば誰でもご存知の文筆家ですが、白洲正子もその母上の名前を匿名で書いているので、私もこれ以上明かすのはやめます。
話が次々と離れていって申し訳ありませんが、これもこういうウエッブのお喋りの楽しみだと思うのですが。

投稿: 我善坊 | 2005/12/25 09:03

みなさま
こうやって話がどんどん広がっていくのは楽しいですねえ。(笑)

投稿: かわうそ亭 | 2005/12/25 20:58

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