地下鉄のネアンデルタール
「まったく馬鹿げている!」モンフォールがいつものようにアルザス訛りのフランス語でぶっきらぼうに言い放った。「きみたちは典型的なネアンデルタール人に髭を剃らせ、ジョギング・スーツを着せて、ニューヨークの地下鉄に乗せたら、他の乗客がじろじろ見るとでも思っているのか」
アーロン・エルキンズの『洞窟の骨』(青木久恵訳/ハヤカワ文庫)のなかで人類学者がネアンデルタールをめぐって口角泡を飛ばす。エルキンズのスケルトン探偵シリーズは、ミステリーとしてはさして出来がよいとは思わないけれど、いろいろ面白い話が出てくるのが楽しい。今回の議論の焦点となっているのは、ネアンデルタールは現生人類の祖先なのか、それとも現生人類とは別の絶滅した種なのかということだ。これが、殺人の動機にも関係してくるというエルキンズおなじみの趣向である。
このあたりのことは『ネアンデルタール人類のなぞ』奈良貴史(岩波ジュニア新書/2003)にはこんな説明がある。1990年前後、人類学会ではネアンデルタールが絶滅したのかしなかったのかの二大学説の論争が巻き起こった。
一つは、ブレイスらに代表されるネアンデルタールヨーロッパ現代人祖先説。継続説ともいわれるものである。また、アフリカやアジアでも、それぞれの地域のホモ・エレクトゥスが徐々に進化して、現代人になったと考える。これは、多地域進化説ともよばれる。
もう一つは、現代人の祖先はヨーロッパ以外のところで誕生し、ヨーロッパに移住してきてネアンデルタール人類と入れ変わったというネアンデルタール人絶滅説。
なお1987年にミトコンドリアのDNAが、母系だけに遺伝することを利用した解析で現代人の祖先は20万年前にアフリカに住んでいたとするイヴ仮説が登場し、この単一起源説とのからみでネアンデルタール人絶滅説が優勢となった。さらに追い打ちをかけるように1998年、ネアンデルタール渓谷の人骨の上腕骨からDNAの抽出に成功し、この分析結果によって、現生人類とネアンデルタールのDNA配列はかなり異なっていることがわかったため、現在ではネアンデルタール絶滅説できまり、ということになっているらしい。
それでも、ネアンデルタールと現生人類(ホモサピエンス)は生命の歴史というスパンのなかでは、ごく最近まで同じ地域、同じ時代を共存していた可能性が非常に高い。『ネアンデルタール人類のなぞ』は、ジュニア新書ということもあって、わたしのような門外漢にもたいへんわかりやすいいい入門書だと思う。
ところで、冒頭のニューヨーク地下鉄のネアンデルタールというのは、エルキンズの創作じゃなくて、実際にこういう論争があったのですね。これについては丸谷才一さんも『綾とりで天の川』に書いておられましたね。
まず、一九五七年アメリカ人のストロースらが、ブールのネアンデルタール人類の復元は誤りであり、彼らはわたしたちと同様の姿勢をしていたと発表した。その論文を「髪を切り、髭を剃り、帽子をかぶったネアンデルタール人に、ニューヨークの地下鉄内ではだれも気がつかないだろう」と結んだ。「ネアンデルタール人類=野蛮人」という図式の見直しのはじまりである。(『ネアンデルタール人類のなぞ』)
この論文にそえられた挿絵が写真の頁である。うん、丸谷さんのいうとおり、こりゃ、欧米人によくある顔だよ。(笑)
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コメント
おめでとうございます。新年早々からお腹を抱えて笑えて笑えて....感謝。ははははは。
今夜も地下鉄に乗るので、地下鉄の中で堪能する事にします。
投稿: でんでん虫 | 2006/01/08 01:04
こんばんわ。
ニューヨークの地下鉄の乗客は、べつにネアンデルタール人じゃなくても、もともと他人なんかに目をくれるわけないじゃん、という風にエルキンズの小説は続くんですが、まあ、このあたりはでんでん虫さんのお住まいのニューヨークもこっちの大阪も一緒かなあ。(笑)今年もよろしくお願いします。
投稿: かわうそ亭 | 2006/01/08 22:56
白人より東洋人にありがちな顔に見えるな。
クロマニョンに追われたネアンデルタール人の一部は東洋に逃げたってことはないかな。
アイヌとかブリアートとか縄文人とかの先祖を作る役割を果たしたとかないか。
投稿: 松本 | 2009/12/30 09:14