« ISLAND / ALISTAIR MACLEOD | トップページ | 出久根達郎、本の話 »

2006/02/25

『わがこころの加藤楸邨』

『わがこころの加藤楸邨』石寒太(紅書房/1998)は、石寒太さんの主宰誌「炎環」十周年を記念して書き下ろされた本。
石さんは、楸邨が還暦を過ぎた昭和40年代以降に門下となった人(はじめ角川書店の編集者。のちに毎日新聞社に転職)だが、講談社の加藤楸邨全集刊行の実務を担当するなど晩年の楸邨のもっとも信頼厚い愛弟子だったらしい。

本書を読むと、つねに自分の詩嚢を肥やすことに心をつかい、若手からでも貪欲に表現の手法を吸収し尽くそうとしたこの楸邨という俳人が、俳壇だけにとどまらず、ひろく現代詩や短歌や小説などのジャンルの表現者からも、人望をあつめていた理由がなんとなくわかるような気がする。
ただしこの本は門人による贔屓の引き倒しかというと、必ずしもそうでもなく、たとえば最晩年に句碑を建てたり、文化勲章を受けたりしたことについては、ホンネでは最後まで「抵抗の詩人」でいてほしかったと思うなんて率直に書いてあって、こういう風にある意味では突き放した見方を互いに許すというところが、「寒雷」の流儀でもあったのかなという感想をもった。

たとえば楸邨の結社誌「寒雷」を十五年間もの長きにわたって編集長として支えてきたのは森澄雄さんだが、本書の中に石寒太さんが「俳句アルファー」の取材をしたときの強烈な森澄雄さんの恨みつらみが出てくる。(この石寒太編集長による俳人インタビューはまとめてムックにもなった。桂信子や永田耕衣などがまだ生きていた最晩年のインタビューで、家に置いていた筈なのだが、探したが残念ながら出てこなかった)

「楸邨は自分のことだけが大切だったんだ。われわれのことなど、少しも思ったことはない。第一、ぼくを俳句作家として認めていなかった。『寒雷』の編集をしても、ありがたいとも思っていなかったし、すまない。とも思っていなかった・・・・」(中略)
「そうですか。じゃあ、楸邨は、俳句作家としての森澄雄を、恐れていたんじゃあないんでしょうか」
少し気が引けたが、そんなふうに問いかけてみると、
「いや!そんなことはない。楸邨はぼくを憎んでいた。その証拠に、安東次男・川崎展宏君が読売文学賞を受賞した時は、大変喜んで受賞式に出席し、お祝いの言葉も述べたのに、ぼくの時は、頼んでも来てくれなかった。楸邨には、そういう冷たいところがあった!」
きっぱりといった。それ以上ふれると、すぐに涙をこぼさんばかりの形相であったので、それ以上は何もいわなかった。
俳句結社はなにより人間の集団だから、出会いの喜びも、信頼や敬愛もあるだろう。堂々とした競争での昇進や停滞もあれば、ごますり坊主や廊下鳶や足を引っ張る下司がのさばる理不尽もあるだろう。そこには妬みや反感も生まれるし、離反も、決別もある。
つまりはサラリーマンの世界とかわるところはないのだと思う。

|

« ISLAND / ALISTAIR MACLEOD | トップページ | 出久根達郎、本の話 »

d)俳句」カテゴリの記事

コメント

森澄雄の悲しみがわかるなぁ…
(思わずコメントしてしまいました)

投稿: mimo | 2006/02/26 19:09

わかりますよねぇ。愛憎は一枚のコインの裏と表ですもの。なんか胸にぐっとくるでしょ。

投稿: かわうそ亭 | 2006/02/26 21:39

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23898/8835004

この記事へのトラックバック一覧です: 『わがこころの加藤楸邨』:

« ISLAND / ALISTAIR MACLEOD | トップページ | 出久根達郎、本の話 »