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2006/03/15

変哲さんの俳句

以前、「少年」や「冒険王」の話題にからんで、

 椎の実の降る夜少年倶楽部かな   変哲

という句を我善坊さんに教えていただいた。
(「小池光と靖国神社」参照)
変哲とは小沢昭一さんの俳号である。

岩波の「図書」3月号で、小沢昭一さんがこの俳号の由来を語っておられた。
聞き手は神崎宣武氏。「遊び続けて七十年(9)」と題するインタビューである。

小沢昭一さんは、やなぎ句会のお一人。この句会は、毎月一回みんなが集まってわいわいやることが目的で、もともと俳句にはさほど興味のなかった方々が俳句でもならってみるかと始められたらしいが、もう三十年以上も続いているというから立派なものだ。毎度、天地人の三つの賞を設けて総額三千円程度の賞品を争うという。まあ、もともと俳諧の運座というのはそんな風に賞品を争うものだったらしいから、ある意味では正統派の句会と言えるかもしれないなあ。メンバーは小沢さんのほかには、敬称略で永六輔、加藤武、大西信行、桂米朝、永井啓夫、柳家小三治、矢野誠一、江國滋、神吉拓郎、三田純市なんて方々。このなかで米朝師匠はさすがに毎月参加は無理だったらしいけど。

変哲の俳号の由来は、こういうことだった。

神崎 「変哲」という俳号は、どういうところからですか。
小沢 父親の川柳名を継いだんです。私の父親は哲男というんですが、街の商店主と一緒にそば屋の二階を使って、川柳の会をやってました。それで変哲という名前で川柳をつくっていました。ぼくとしては二代目変哲というつもりで使っています。
三十年も毎月欠かさず句会をやっていれば(五句の席題らしい)作品の数もばかにならないが——
しかし、これはぼくの性格でしょうが、句会でつくった句は、当夜の食事の箸袋なんぞに書いておくだけなんです。ですから、本屋さんから「句集を出したい」と言われても、おいそれとできないんです。箸袋を見つけるだけで大騒ぎ(笑)。一所懸命につくったものですから。もったいないような気もしています。でも、このようなことすべてが、その場しのぎのぼくの人生を象徴しているような気がいたしますね。野球でいうと、攻めばかりで守りがないという、つまり知的生産の技術というようなものが皆無なんですよ。
神崎 でも道楽というのは、そういうもんでしょう(笑)。
こういう俳句もまたいいもんである。

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コメント

小沢昭一には『句あれば楽あり』(’97年)という、「東京やなぎ句会」を紹介した楽しい本がありますが、もうお読みになりましたか?
小沢俳句だけでなく、本当の俳句の楽しさが分かる本です。
同じ小沢に『俳句武者修行』(’02年)という著書もあり、こちらは多くの有名な句会にゲスト出場するという話。なかには「ホトトギス」などという、家元俳句の本拠地にまで乗り込んだ話もありますが、芸人は愛嬌が第一と心得る小沢は決して嫌味など口にしていません。
しかしどう見ても「東京やなぎ句会」のほうが俳句の本領ではないかと、分かる人には分かるように書かれているように思えました。
なかなかしたたかな人です。

投稿: 我善坊 | 2006/03/15 22:40

こんばんわ。なんだかお呼びたてしたみたいな塩梅で恐縮至極です。
『句あれば楽あり』のタイトルには覚えがあるのですが、読んではいないと思います。図書館の棚で見かけたりしていたのかな。今度、探してみます。
俳諧にはもともと愉快な社交的な座の文芸と言う側面があり、正岡子規以降の俳壇は月並宗匠という産湯と一緒に、その座の文芸という赤ん坊まで流してしまったという側面は否めないと思います。もっとも得たものと、失ったものを秤にのせたときの評価はちと簡単に言えないのですけれど。

投稿: かわうそ亭 | 2006/03/15 23:32

小沢昭一さんの長年のファンで、昨年は末広亭まで「隋談」を聞きに出かけました。
実に良かったんですね、これが。
しみじみとして、微かに猥雑であったりする所が、実にどうも「大人」の芸であるという・・・
俳句にはいろいろな側面があると思いますが、変哲さんの句には、人生の酸いも甘いもかみ分けたものだけが到達しうる、一種透徹した味わい、哀しみのようなものを感じます。

投稿: maru | 2006/03/18 10:09

実は私も昨年暮の末広亭で、小沢昭一を聞きました。いつもは必ず座れるのに、この時ばかりは満員で立見が出るほど。他の噺家が複雑そうな表情でした。
しかし小沢に加えて、彼を引き出した小三治まで上がるというのでは、逃すわけにはゆきません。
あっ!かわうそ亭さんは関西でしたっけ?ローカルな話題で申し訳ありません。

投稿: 我善坊 | 2006/03/18 15:19

maruさんも我善坊さんも末広亭に行かれたんですね。
そうですか、満員ですか。いいですねえ。
ラジオの「小沢昭一的こころ」近頃聴いておりませんが、いまでもやっておられるようですね。おいくつになられたんだろう。——いま、調べてみました。1929年のお生まれということは、喜寿ですね。わたしの母親と同年代です。うん、なるほど、なるほど。

投稿: かわうそ亭 | 2006/03/18 22:18

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