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2006/03/02

凛然たる群像 正木浩一

休日。図書館で「俳句研究」3月号にざっと目を通す。
1月号から同時に連載の始まった、小川軽舟さんの「飯島晴子の句帳」と高柳克弘さんの「凛然たる群像」を毎月楽しみにしている。とくに高柳さんの連載は気合いのこもったとても素晴らしい文章だと思う。俳句のなかに老年の円熟した人生の達人の存在を認めるという視点は、これまでいくらもあったように思うが、高柳さんのこの連載のように俳句のなかに青春特有の繊細で豊かな感情を見いだして、これを積極的に評価するという視点は(俳壇の高齢化とともに)近年は少なかったように思う。

3月号の「凛然たる群像(3)」で取り上げられていたのは正木浩一。
高柳さんはこの人の俳句だけを取り上げて、この人がどういう人であったかについては、ただ、若くして亡くなったということしかあきらかにしていない。紙数の関係もあるだろうし、「俳句研究」の読者なら、あえて語らずともすでに多くの人の知っていることだろうという考えもあるかも知れない。いや、その人を語るのには、その俳句だけで十分ではないかという考えなのかもしれない。そのいずれであってもわたしはよしとするが、じつはこの正木浩一という人は俳人の正木ゆう子さんの兄だったはずだ。正木ゆう子さんの書かれたものの中に多く登場する。

 冬木の枝しだいに細し終に無し   正木浩一

この句の鑑賞を通じて高柳さんが寄せる正木浩一という人間への共感は、俳句というのはこのようにして読むのだという高貴な見本になっている。こんな風にどんな人の俳句でも読みたいものだ。
高柳さんが採った他の句もいくつかあげておこう。

 海側の席とれどただ冬の海
 子の声は光の類木の実山
 蜥蜴ゐし石に動悸の移りけり

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