『グールド魚類画帖』
『グールド魚類画帖』リチャード・フラナガン/渡辺佐智江訳(白水社/2005)を読む。
かならずしも読みやすい本ではないけれども、全体にちょっとした仕掛けがあるので、最後まで読み通した上で、最初からあらためて読み直すと(たぶんもう一回全部読み直す気力は残ってないでしょうが)「ああ、なるほどそういう小説だったのか」と納得できるようになっている。いわば螺旋のような構造ですな。
19世紀のファン・ディーメンズ・ランド(現在のタスマニア)の流刑地を舞台にしたブラック・ユーモアともマジック・リアリズムともポスト・モダンとも呼ぶべき奇怪な作品でありまして、よく意味がわからないところが多いにもかかわらず読んでいる間は悪夢にも似た濃密な力に囚われる。まあ囚人の物語だから、囚われるも道理か。
主人公の名前はウィリアム・ビューロー・グールド(William Buelow Gould)。タスマニア公文書館の記録にもある実在の人物だそうだが、本書は伝記でも歴史小説でもなく、あくまで作家の想像力で(それもかなり破格の想像力でありますね)こね上げられた力作であります。
全部で十二の章に分かれており、各章の扉に魚類や甲殻類の絵が置かれている。ひどく人間くさい表情の動物たちで、愛嬌があると見えなくもない。
見ていると楽しいのですが、オハナシの方は、鉄の足枷、鞭打ち、満潮時に天上近くまで浸水する牢獄、血膿、淋病と梅毒、虱、人食い豚の大量の糞から突き出した人骨、大量殺人、樽にびっしり詰められた黒人たちの首、逃亡奴隷、反乱の業火——と野蛮と暴力と残虐のてんこ盛り。ただし、ここまで醜悪なものが徹底するとむしろこれも愛嬌があると言えなくもない。
まあ、万人にオススメとは言えませんが、ちょっと風変わりで小説の力技を味わいたい向きはお試しあれ、でございます。
わたしは、結構気に入りました。
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コメント
かわうそ亭さんもお読みになりましたか。
きれいな魚類図譜につられて喰いついたが、咀嚼するのに苦労する、満腹になること請け合いだが、もう一度食べるかどうかはその人の好みによりけり。奇妙奇天烈な創作料理というところでしょうか。
投稿: 烏有亭 | 2006/04/17 00:40
烏有亭さんの書評を読んで、手に取った本でしたが、想像以上に歯ごたえがありました。(笑)どうもありがとうございました。
タスマニアというと、TVドラマや映画のせいか、美しい自然と純朴な人々というイメージがあります。数年前にデンマークの皇太子と結婚したのがタスマニア出身の女性で(たしかシドニー五輪にやってきた皇太子がパブでナンパしたとかいうんじゃなかったかと思う)そのことをオーストラリア人と話題にしたことがあるのですが、そのとき、かれが日本人のタスマニアに対する好感度の高さにちょっと辟易した様子だったのがやけに記憶に残っています。「うーん。タスマニアねえ、まあ、たしかにすごく自然はきれいだよ、あのプリンセスも、そりゃオーストラリア人は好きだし、祝福してるんだよね。でもねえ、うーん、タスマニアはねえ・・・」とのことでありました。
本書を読むと、かれが言いたかったことが、なんだかわかるような気がします。(笑)
投稿: かわうそ亭 | 2006/04/17 23:15