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2006年5月

2006/05/31

傑作はこれから、いしいしんじ

「わたしたちはずっと手をにぎってることはできませんのね」
「ぶらんこのりだからな」
だんなさんはからだをしならせながらいった。
「ずっとゆれているのがうんめいさ。けどどうだい、すこしだけでもこうして」
と手をにぎり、またはなれながら、
「おたがいにいのちがけで手をつなげるのは、ほかでもない、すてきなこととおもうんだよ」
ひとばんじゅう、ぶらんこはくりかえしくりかえしいききした。あらしがやんで、どうぶつたちがしずかにねむったあとも、ふたりのぶらんこのりはまっくらやみのなかでなんども手をにぎりあっていた。
   『ぶらんこのり』

2006_0531 家にあった、いしいしんじさんの本をまとめて読んだ。
今回読んだのは、『トリツカレ男』、『ぶらんこ乗り』、『麦ふみクーツェ』、『プラネタリウムのふたご』、『ポーの話』の5冊。
才能豊かな物語作家だな。
どこかやるせないようなかなしさがあって、上質な小説を読んだときの静かな満足感を得る事ができる。わたしたちの人生もかなしみの連続である。なにも物語にまで、かなしみを求めなくてもいいようなものだが、わたしたちはなぜかかなしい物語にこころひかれる。それは、たぶん、わたしたちがいつかは死んでゆくものであり、わたしたちの存在の本質がかなしみであるからではないかと、わたしは思う。自分自身がかなしい存在であるからこそ、かなしい話に共感し、癒され、それを美しいと感じるのではないか。

いいかタットル、どんなかなしい、つらいはなしのなかにも、光の粒が、救いのかけらが、ほんのわずかにせよ含まれているものなんだよ。それをけして見のがしちゃならない。
   『プラネタリウムのふたご』

5冊のなかでは、個人的には『ぶらんこ乗り』を一番に買うが(わたしの家人の評価は『プラネタリウムのふたご』がベストというものだったけれど)、率直に言うと、この作家のマスターピースはまだ書かれていないという気がするな。比較にはあまり意味がないが、たとえば最近の村上春樹の小説には、どんなとっぴなストーリー展開であっても、それがどこか人間の共通の記憶の源泉から正しく導かれたものだというような、作家の直感が、神話や古典的な人間の物語にきちんとつながっているようなオーソドックスな感じを受けるのだけれど、いしいしんじの小説には、まだそういう安心して読者が自分自身をゆだねることができるような安定感がないように思う。
作家自身ももしかしたら同じことを感じているのかもしれない。

「かなしくて、たいせつなもの、たくさんあります。そっちのほうが、おおいくらい。かなしいぶん、いっそうたいせつに、あつかわなくちゃいけない」
犬じじいのことばがよみがえる。わしら猟師は、死んだからだを、なにより大事に扱わなけりゃまらない。この世の、どんなものよりいちばん大切に。
「死んだからだは、かなしいのかな」
プロペラを見つめ、ポーはひとりごちる。 
女人形は苦笑していう。
「かなしさ、あたまじゃわかりません。こころでもない。からだの、いちばんおくあたりでかんじるです。ポーはまだ、そこまでもぐっていませんからね」
   『ポーの話』

この作家がさらに深く潜って、からだの一番奥で人間の共通の無意識の源泉につながったとき、そのときにこの作家の真の傑作が生まれるだろう。わたしたちは、それを期待して待つ甲斐がきっとあると思う。

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2006/05/29

プライムミニスター・アソー

今日の英会話のクラスにて。
「◯◯サン(わたしの名前)、コイズミのあとのプライムミニスターは誰がなるの?」と先生(オーストラリア人)が訊ねる。
「うーん、ぼくもよくは知らないんだけど、何人かの名前あがっているみたいね。まずチーフ・キャビネット・セクレタリーのシンゾー・アベでしょ、それからこの人も前は同じポストにいたんだけどヤスオ・フクダって人ね、ええと、それからああ、アソーってのもいるな」
「・・・ごめん、三番目の人の名前、もう一回言ってくれる」
「アソー。タロー・アソーだけど、どうして?」
「ははは、そのひとってホントにそういう名前なの?」
「アソー?うん、そうだけど・・・」
「あっははははは、アソー!!」
ここで、やっとわたしも気づいて——
「げっ、いけねえ。タロー・アソーはいま外務大臣だ」
「はははは、じゃあさ、その人が総理大臣になったらさ、わたしが日本のアソーです、とか言うわけ?はっははははは」
「うーん、まずい。まずいなあ、それは」とわたし。表情は憮然。
ぼくらが普通に「麻生」と発音すると「asshole」に聞こえてしまうみたいだ。困っちゃうなあ。(笑)

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2006/05/23

THE CLOSERS

マイクル・コナリーの『THE CLOSERS』を読む。
ハリー・ボッシュものの新作。とは言え、今回はハードカバーの新刊はパスして、PB落ちになってから注文し、さらに長いこと机上に積んでおいたので、新作を読んだというには多少気が引ける。
このシリーズ、第三作の『THE CONCRETE BLONDE』以降は、アメリカでハードカバーが出るたびに新刊で読むのがならわし。それくらいの固定ファンではあるのだが、『CITY OF BONES』でロス市警を辞職してからのボッシュにはやや物足りなさを感じていたというのも偽らざる思いであった。
この間の作品としては『LOST LIGHT』と『THE NARROWS』があり、民間人となったボッシュが私立探偵のような立場で登場する。どちらも作品としてはとても面白いし、クライム・ノベルとしての水準も決して低くないと思うが、民間人はやはり犯罪捜査のアウトサイダーだから、ボッシュの立場が弱く、どうもシリーズ物の主人公としては魅力がなくなったように思えたのである。

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そこで本作は、前作で予告されていたように、いよいよボッシュのロス市警復職が果たされる。先に結論を言えば、ボッシュを捜査官として警察組織の一員に戻したことは大正解で、本書はシリーズの中でも屈指の作品のひとつとなるのではないかと思った。
コナリーの作品は、どんでん返しの連続のページターナー(たとえば『THE POET』)ももちろん最高なのだが、本書はむしろ、地道な捜査のプロセスが丹念に描かれ、これに1980年代のロス市警の上層部の政治がからんで、じっくりと読ませる。真犯人が誰かは、おそらく読者の方が先に気づき、この結論にいつハリーたちがたどり着くのか、やきもきさせるのが見せ場のひとつだろう。

復職したハリーが配属されるのは、未解決事件班という新しい組織である。未解決のまま残された過去の証拠物件に、最新テクノロジーの光を当てる。その事件当時には使うことができなかったDNA鑑定や犯罪者データベースを現時点で使えば、新たな手掛かりが得られる可能性があるというわけだ。この設定はなかなか面白い。

物語の最初と最後で、ロス市警の新しいチーフがほぼ同じ内容のことを語る場面がある。こんな内容だ。

"Listen to me, Bosch. Don't ever break the law to enforce the law. At all times you do your job constitutionally and compassionately. I will accept it no other way. This city will accept it no other way"

ここでコナリーが語っているのは、犯罪捜査のことだが、おそらく同時に合衆国大統領に対しても同じことを暗に言っている(すくなくとも911以降のリベラルな読者の多くはそういう意味に受け取るだろう)とみて間違いはないとわたしは思う。イタリックのかかった"city"に"country"を入れてみればそれは歴然としている。
そういえば、クリントン前大統領はコナリーの愛読者で知られていたな。ブッシュは——まああの人は本は読まないんだろうなあ。(笑)

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2006/05/20

獺祭

2006_0520_1 いま阪神のデパ地下で、獺祭の試飲販売をやっていることを聞いて、さっそく仕事帰りに立ち寄ってみた。

この獺祭にはなかなか出会うことができなかったので、ちょっと嬉しい。

売り場で、磨き二割三分と、磨き三割九分を飲み比べてみたのだが、どちらも美味しい。お値段は倍半分ほど違うのだが、正直に云ってどちらがどっちということはわからないなあ。
しかし磨き二割三分というのは、要は玄米の77%を削ってしまうわけだ。なんかもったいないような気もする。
ということで、とりあえず磨き三割九分を買って帰りました。

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2006/05/16

今日の買い物

2006_0516_1書見台は、本を読みながらノートを取るときや、パソコンの横に本を広げるときに、あると重宝する。(じつは本を読みながらアイスクリームを食べるときが一番便利だったったりするのだが)
ただ、問題はけっこうかさばるので、机の上などに置いておくとむだに場所をとるのが閉口だった。  今日、丸善でみつけた書見台は、折り畳むと筆箱ほどの大きさになる。使わないときは抽斗にでも放り込んでおけばいいので、なかなかのすぐれものであります。
本自体を固定する部分と、頁を押さえておく部分がなかなかよくできている。
この商品名がおかしい。
「ほんたった」って言うの。(笑)

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2006/05/10

かもめ食堂

「きらいなことをやらないできただけですから」

正確な台詞は覚えていないのだが、主人公のサチエ(小林聡美)が、あなたは好きなことができてうらやましいと言われて、こんな感じのことを言う。
うん、そうだな。たしかに、そうすればよかったのかも知れないな。
映画を見終えたあと、ちょっとだけ心が痛んだ。サラリーマンとしてきらいなことばかりやって生きてきたなあ、という悔恨と哀惜・・・まあ、たまには自己憐憫に浸ることもありますわな。(笑)

はじめからきらいなことはやらないと言ってしまってはそれまで。
やってみて、きらいだとわかることもある。
好きとかきらいとかいう以前に、やらなければ仕方がないことだってある。
きらいだと思っていたことが、あとから自分の肥やしになったり、生きがいになったりすることもある。
それでも、どこかある時点で、わたしはもうきらいなことはやらないと宣言して、生きていきたい気持ちはよくわかる。
Prof
この映画でたぶん一番存在感を示しているのが、マサコ(もたいまさこ)だとわたしは思ったけれど、彼女のにっこり笑う表情のなかには、ちまちました自分の損得だけにこだわる貧しさがない。それはたぶん、自分の得にならないことはうまくこれを回避して自己利益の最大化をはかることが賢い生き方である、というような生き方を選ぶことが、わたしの「きらいなこと」だというメッセージをわたしたちが受け取るからではないかと、思う。
うまく言えないのだが、映画をご覧になった方は、おそらくわかってくださるのではないかと思う。
以上、雑駁ながら「かもめ食堂」の感想です。
あ、そうそう、この映画見ると、おいしいコーヒーが飲みたくなりますね。

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2006/05/05

Flickr マイ・ベスト

Flickrの「お気に入り」の写真が450枚ほどになった。
誰が撮った写真なのか、どんな状況でできた写真なのか、そんなことはまったくわからない。(あ、わかっているのも多少はあるけど)
ただ、偶然に出会った写真が気に入ったら「お気に入り」ボタンを押す。そんな風にしてストックが勝手に出来て行く。

この自分専用のお気に入り写真集「Your favorites from around Flickr」というのは、それ自体見ていて楽しいものだが、(たとえばわたしのは 【ここ】)なんとなく惹かれてしまうイメージがどういうものなのか、一種のパターンが見えてくるような気もする。逆にそれをあえて外れようと、違ったイメージのものを集めてみたりもするのだけれど。
ただ、この写真集の欠点は、自分で編集ができないことで、なんだかなあ、という写真もあったり、並び方がどうも気に入らないという場合も結構ある。そこで、ふと、自分のお気に入り写真集ベストというのをつくればいいじゃないか、と気づいた。
使ったのは、モザイク・メーカーというflickrの周辺ツール。このソフトに興味のある方は、こちらを参照ください。【ここ】

450枚から25枚をセレクトしてみた。いろいろやってみたが、なかなかこれだという具合にはいかない。俳句でも選句はむつかしいものだが、こういうのも一種の訓練かもしれない。(笑)

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2006/05/04

エルキンズ『骨の島』

休日の昼間、一人でカウチに寝そべって上質の本格ミステリを読むのはわたし大好きな息抜きのひとつである。本があまり面白くなければそのまま昼寝にすればいいし、面白ければ誰にも邪魔されず読み通すことができる。 アーロン・エルキンズの『骨の島』は、途中でうたた寝もしたけれど、どちらかと言えば後者の面白本のくちで、楽しい午後を過ごすことができた。
本書はスケルトン探偵ものの11作目だそうで、今回の舞台はイタリア北部の湖水地方。
例によってギデオン・オリヴァーとジュリーは旅を満喫しているが、今回はとくにレストランの食べ物が美味しそうで、読みながら生唾がわいてくるのでありました。

「“リゾット・アッラ・モンツェーゼ”がお薦めですよ!」アンジェラはギデオンの背中に向かって叫んだ。
ジュリーはレストランの奥のテーブルで夕食をぱくつくのに余念がなかった。暗色の木を使った内装と低いアーチ型の天井が落ち着いた雰囲気をかもし出す、静かなレストランだ。
「ごめんなさい」ジュリーは料理を頬張ったまま言った。「おなかがすいてすいて、待っていられなかったの。一番目のお皿(プリモ・ピアット)が来たところで、次はミラノ風カツレツを頼んだわ」
「無理ないよ」と言うギデオンの口には、もう唾がたまっている。二人とも昼食と夕食の両方を食べそこなっていたから、レストランの焼き肉と樽入りワインの芳醇な匂いにギデオンの膝は震えそうだった。「それ、おいしそうだね。何だい」
「アンジェラお薦めのリゾットよ。もう頬っぺたが落ちそう。ソーセージとトマトと、それにマルサラ——」

まいるなあ。(笑)
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ところでミステリーは大好きなのだが、えてしてこうした読み物は複雑な家族関係がテーマになっていたりする。本書の原題は『Good Blood』という。イタリアの伯爵家の血統をめぐるお話で、血族、姻族、養子、後妻の連れ子などが次々に出てくるし、そもそもプロローグでは、どうしても男子の跡取りが欲しい伯爵が、自分の姪に体外受精の自分の子供を産ませそれを自分たち夫婦の子供として育てるという奇怪な(しかしあり得なくもなさそうな)設定が語られるのである。
正直、こういう複雑な親族関係を混乱せずに理解するというのは、わたしはお手上げである。
途中で、誰と誰がどういう血縁関係にあるのか(またはないのか)を説明する箇所が何回もでてくるのは、さすがに作者も読者サービスが必要と思っているからだろう。何回目かに、ついにあきらめてわたしはこの一族の家系図をノートにつくった。やれやれ。
本書によれば、こういう親族関係の理解は人類学者の基本中の基本らしい。

「・・・・僕のいとこに当たる。いや、ちょっと待ってくれ。彼は母のいとこか。するとどういうことになるのかな。僕の叔父になるのかな。でも年は同じなんだよ」
「君のまたいとこさ」ギデオンが首を振りながら、言った。「それにしても君はどういう人類学者なんだ。親族関係について勉強しなかったのか」
フィルは肩をすくめた。「したさ。オーストラリア・アボリジニーの一族アルンタ族の外・夫方居住親族構造なら、完璧に理解しているよ。ところが自分の親族構造となるとどうしても呑み込めないんだな。ややこしすぎる・・・・」

まったくわたしが源氏物語を読む気になれないのも、わたしがこういう弱点をもっていることを自覚しているからなのである。(嘘)

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2006/05/01

4月に読んだ本

『宋詩選注 (3)』銭鍾書/宋代詩文研究会・訳注(東洋文庫/平凡社/2004)
『歌集 時のめぐりに』小池光(本阿弥書店/2005)
『舌鼓ところどころ』吉田健一(文藝春秋/1958)
『花神コレクション俳句 伊丹三樹彦』(花神社/1995)
『幹校六記—〈文化大革命〉下の知識人』楊絳/中島みどり訳(みすず書房/1985)
『玉蜻(たまかぎる)』山中智恵子(砂子屋書房/1997)
『棚から哲学』土屋賢二(文春文庫)
『グールド魚類画帖』リチャード・フラナガン/渡辺佐智江訳(白水社/2005)
『陶淵明—虚構の詩人』一海知義(岩波新書/1997)
『その名にちなんで』ジュンパ・ラヒリ/小川高義訳(新潮社/2004)
『北京風俗図譜 1』内田道夫解説(東洋文庫/1970)
『俳家奇人談・続俳家奇人談』竹内玄玄一(岩波文庫/1987)
『寺山修司俳句全集・全一巻』(新書館/1986)
『比類なきジーヴス』P.G. ウッドハウス/森村たまき訳(国書刊行会/2005)
『聖の青春』 大崎善生(講談社文庫)

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4月に見た映画

ブラックホーク・ダウン(アメリカ/2001)
監督:リドリー・スコット
出演:    ジョシュ・ハートネット、ユアン・マクレガー、トム・サイズモア、サム・シェパード、エリック・バナ

皇帝ペンギン(フランス/2005)
監督:リュック・ジャケ

チャーリーとチョコレート工場
監督:ティム・バートン
出演:ジョニー・デップ 、フレディ・ハイモア 、デヴィッド・ケリー 、ヘレナ・ボナム=カーター 、ノア・テイラー

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