THE CLOSERS
マイクル・コナリーの『THE CLOSERS』を読む。
ハリー・ボッシュものの新作。とは言え、今回はハードカバーの新刊はパスして、PB落ちになってから注文し、さらに長いこと机上に積んでおいたので、新作を読んだというには多少気が引ける。
このシリーズ、第三作の『THE CONCRETE BLONDE』以降は、アメリカでハードカバーが出るたびに新刊で読むのがならわし。それくらいの固定ファンではあるのだが、『CITY OF BONES』でロス市警を辞職してからのボッシュにはやや物足りなさを感じていたというのも偽らざる思いであった。
この間の作品としては『LOST LIGHT』と『THE NARROWS』があり、民間人となったボッシュが私立探偵のような立場で登場する。どちらも作品としてはとても面白いし、クライム・ノベルとしての水準も決して低くないと思うが、民間人はやはり犯罪捜査のアウトサイダーだから、ボッシュの立場が弱く、どうもシリーズ物の主人公としては魅力がなくなったように思えたのである。
そこで本作は、前作で予告されていたように、いよいよボッシュのロス市警復職が果たされる。先に結論を言えば、ボッシュを捜査官として警察組織の一員に戻したことは大正解で、本書はシリーズの中でも屈指の作品のひとつとなるのではないかと思った。
コナリーの作品は、どんでん返しの連続のページターナー(たとえば『THE POET』)ももちろん最高なのだが、本書はむしろ、地道な捜査のプロセスが丹念に描かれ、これに1980年代のロス市警の上層部の政治がからんで、じっくりと読ませる。真犯人が誰かは、おそらく読者の方が先に気づき、この結論にいつハリーたちがたどり着くのか、やきもきさせるのが見せ場のひとつだろう。
復職したハリーが配属されるのは、未解決事件班という新しい組織である。未解決のまま残された過去の証拠物件に、最新テクノロジーの光を当てる。その事件当時には使うことができなかったDNA鑑定や犯罪者データベースを現時点で使えば、新たな手掛かりが得られる可能性があるというわけだ。この設定はなかなか面白い。
物語の最初と最後で、ロス市警の新しいチーフがほぼ同じ内容のことを語る場面がある。こんな内容だ。
"Listen to me, Bosch. Don't ever break the law to enforce the law. At all times you do your job constitutionally and compassionately. I will accept it no other way. This city will accept it no other way"
ここでコナリーが語っているのは、犯罪捜査のことだが、おそらく同時に合衆国大統領に対しても同じことを暗に言っている(すくなくとも911以降のリベラルな読者の多くはそういう意味に受け取るだろう)とみて間違いはないとわたしは思う。イタリックのかかった"city"に"country"を入れてみればそれは歴然としている。
そういえば、クリントン前大統領はコナリーの愛読者で知られていたな。ブッシュは——まああの人は本は読まないんだろうなあ。(笑)
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コメント
面白いです。BoschとBush、遊ばない手は無いですね。他にもこの手のかけ合わせが見つかるかも知れません。
投稿: pfaelzerwein | 2006/05/23 15:23
こんばんわ。本書のなかでは、盗聴ということが重要なモチーフのひとつになっていて、こういう法の執行と人権・プライヴァシーの問題は、現在の米国のアクチュアルな問題なのだろうという気がします。娯楽小説も結構世相を反映するものですから。
投稿: かわうそ亭 | 2006/05/23 19:35