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2006/06/24

アリスの死生観

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一枚の古い写真がある。
アフリカの川辺にひざを抱えて座った少女のポートレートである。
探検家のリヴィングストンがかぶっていたような帽子は少し彼女には大きめだ。ほんとうなら屈託なく友達と家の近所を走り回っている年頃だが、この年で少女はいくつもの大陸の奥地に足を踏み入れている。幼い子供にとっては毎日が冒険と祝祭の日々だった。
しかしこの写真は、ひとりぼっちで、どこかさびしそうに見える。
少女の名前はアリスという。

父親は高名な弁護士にして探険家。母親は多作なライターにして狩猟家。両親ともにアメリカのゴールデンエイジの申し子で、幼いアリスを連れて1920年代の世界中を飛び回った。アフリカ大陸、中東、インド亜大陸、アジア、南アメリカ、行く先々で少女は異質な文明と異質な人々に取り囲まれた。
まだ未開という言葉が現実味を帯び、手探りで人々が互いを知ろうとしていた最後の時代である。

死について考えた最初の記憶は10歳のときだった、と後年彼女は語っている。
ある夜、ガンジスの岸辺で一人の男が母親を焼くのを眺めていた記憶だ。火はとても弱く、屍体はいつまでたってもうまく焼けないように見えた。貧しくて薪を買う金がないのだろうと彼女はぼんやり思った。男はついにあきらめて焼け切らない屍体をガンジスに投げ入れると、自分もざぶりと河に入った。そして、母親の頭蓋を抱え込んで金歯をこじり取った。それは母の願いだった。それは敬虔な行為だった。母親は自分の唯一の財産を息子に渡したかったのである・・・・
10歳の少女がそのとき人の死をそんな風に思えるものかどうかは問題ではない。アリスにとって死はそのようなものとしてとらえられていたのだと知ればよい。

大人になったアリスは最初画家として身を立て同時に絵画批評家になった。第二次大戦が始まると陸軍に志願してヨーロッパに渡り航空写真分析官になる。おなじく軍の情報将校ハンティントン・シェルダン大佐と恋におち結婚、戦争が終るとCIAの創設にあたって夫婦そろって情報組織の要員としてリクルートされる。以後、ヴァージニアに居を構えて守秘義務のある政府職員として暮らす。
やがて政府機関を辞して大学の博士課程に進み、実験心理学の博士号をとった。博士論文のテーマは、異なる環境での新奇な刺激に対して動物はいかに反応するか、といった感じのものだった。

ドクター・アリス・シェルダンは、しかし実験心理学や行動科学の分野で世間に知られたわけではない。博士になった彼女は、大好きだったSF小説を書き始めたのだ。それも本格的に。小説はエイリアンとのファーストコンタクト(博士論文のテーマ!)や後のサイバー・パンクや映画マトリクスのさきがけとなったような世界を描いて、たちまち1970年代のSF界の話題をさらい、重要な賞の候補になったり受賞したりした。

アリスは直接姿を世間に見せることはなかった。すべての作家活動は私書箱の手紙を通じて行われた。こうした秘密主義はさまざな憶測を呼んだ。とくにアリスの小説には情報関係の政府機関の雰囲気が色濃く漂っていたためにその経歴に関する質問が数多く寄せられた。アリスは守秘義務の範囲で率直に自らの子供時代の異文明体験を語り、情報分析官としてのキャリアを語った。だが、自分のジェンダーは決して明かさなかった。ある人はそのヘミングウェイを思わせる文体から、またある人は銃器や武器に関する正確な理解や軍の通信手順や組織の細部の描写などから、このSF作家は男性であると思った。

アリスのペンネームは、ジェームズ・ティプトリー・ジュニア(James Tiptree,Jr)という。ティプトリーの名前はマーマレードの壜からとった。

70年代の終わりに、ついにこの作家が本名を明らかにしたとき、SFファンは仰天した。
ジェームズ・ティプトリー・ジュニアが女だって、まさか!
だが、種を明かされたあとで読めば、なぜ彼女を男だと思い込んでいたのか、そちらのほうがむしろ不思議な気がする。

話をとりあえず終らせよう。
1987年5月のことだ。SFファンは、ふたたび驚愕のニューズにさらされる。
ジェームズ・ティプトリー・ジュニアとして知られるアリス・シェルダンが夫を射殺し、その後自分の頭を撃ち抜いて自殺しているのが発見されたというのだ。ふたりは仲良く手をつないでベッドに横たわっていた。アリスは71歳で心臓病が悪化していた。夫のハンティントンは84歳で介護を必要とし、また視力をほとんど失っていた。
枕元には数年前に書かれ、最後に必要になるときまで保管されていた遺書があり、すべては自分たち二人の意思であることが書かれていた。
これもひとつのラブストーリーだと言う人もいる。そうかも知れない。

Tiptree アリスの(この名前ではじめた文章だからこの名前で終らせよう)SF小説はハヤカワ文庫から何冊か出ている。今回読んだのはこの2冊。著者名はもちろんジェームズ・ティプトリー・ジュニアだ。

『愛はさだめ さだめは死』
『たったひとつの冴えたやりかた』

そう思って読むとどちらも題名が彼女の最期を暗示しているようで不思議な気がする。
いや、じつは不思議でもなんでもないのかもしれない。彼女の作品のモチーフには彼女の最期に通じる死というものに対するある共通した思いがいつもあるようだ。その思いは若いときからずっと同じだったのかも知れない。
ガンジスの男とその母親の死の意味を考えたときから。

(彼女の10歳の死の記憶やその他のエピソードは、以下の記事を参考にしました)

Love Was the Plan, the Plan was . . .
A True Story About James Tiptree, Jr.
Mark Siegel

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コメント

このところ色々慌しく久しぶりに覗かせて頂きましたが、相変わらずの深い洞察力に感銘を受けました。
かなり今更で恐縮ですが、リンクを貼らせて頂きました。
今後とも宜しくお願い申し上げます。

投稿: canary-london | 2006/06/26 09:11

canary-london さん こんにちわ。
ブラジル戦、ドルトムントで観戦なさったんですね。
いやあ、羨ましい!!
リンクどうもありがとうございました。光栄です。

投稿: かわうそ亭 | 2006/06/26 21:34

アリスさんが女性でありながら男性の名を名乗り作家活動をしたということは、今のネット世界と共通したものがあるのではないでしょうか。しかし、実像は死への思いを端的に書いているところ、紛れもなく一人の人間ですね。漱石が死への憧憬を日記に書いていることを思い出しました。

ジェンフリとは反対のことになりますが新聞記事に疑念を表明する意味で拙稿を書きました。TBさせていただきます。

投稿: tsubaki wabisuke | 2006/06/26 21:35

tsubaki wabisuke さん
ジェームズ・ティプトリーのジェンダーをめぐる話題は、たしかにネット世界に通じるところがあるような気がしますね。
TB先の話題に関してですが、わたしも乗り込んだ満員電車で若い女性が近くにいたら、実質的にバンザイ状態(やったー、ではないよ(笑))で両手を高く上に上げております。最近の武士のたしなみでありますよ。えらい時代になったもんです。(笑)

投稿: かわうそ亭 | 2006/06/26 22:12

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まあ、なにごとも話半分に、お聞きよし。  熊さん八っあんのご隠居さんではありませんが、人生経験ゆたかな目上の方からこう諭されると、ストンと腑に落ちる感じになります。  つい最近、どうもなぁ~と思うニュースに目が留まりました。大新聞社や国営放送が報道するニュースといえば、普通はまず素直に受け取るのが人の常でしょう。でも何気なく読んでいると、あらっと目が宙に浮きました。  わいせつ、セクハラという文字が躍っていたのです。 http://www.mainichi-msn.... [続きを読む]

受信: 2006/06/26 21:20

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