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2006/07/05

レオナール・フジタ

藤田の戦時下から敗戦をへてフランスへの帰化までの経緯をテーマとした本書(獺亭注:近藤史人『藤田嗣治「異邦人」の生涯』)において、戦争画についての姿勢が紋切り型に終始していることは致命的です。戦争協力をした画家は藤田だけではないとか、画家たちの戦争責任を誰も追及していない、などというような話はどうでもいいのです。『サイパン島同胞臣節を完うす』や『アッツ島玉砕』などの大戦下の作品は、藤田のみならず、高橋由一にはじまった近代日本美術の最高峰であり、とてつもない傑作であること、それを認めるところ以外から藤田を語って何の意味があるのか。なかなか展観されない作品ですが、見る人誰もを戦慄させずにはおかない崇高美を現出させた不世出の作品を、軍国主義うんぬんの決まり文句で語ることの貧しさ、つまらなさ。
(福田和也『晴れ時々戦争いつも読書とシネマ』)

というわけで、京都国立近代美術館で開催中の「生誕120年・藤田嗣治展」に行ってきました。とても面白い展覧会でした。

問題の戦争画には一室が当てられていた。
「神兵の救出到る」
「シンガポール最後の日(ブキテマ高地)」
「アッツ島玉砕」
「サイパン島同胞臣節を完うす」
の4作品。(東京会場では「血戦ガダルカナル」を加えた5作が展示されたと聞いている)

あとから考えるとこの部屋だけが照明が暗かったように感じられた。あるいは絵の印象のせいで、そう思っただけかもしれない。
「アッツ島玉砕」は1943年9月の国民総力決戦美術展に出品された。当時、絵の前には賽銭箱が置かれていたと2006年4月号の「芸術新潮」の特集にある。

Foujita フジタの裸婦の肌の美し過ぎる乳白色と、赤錆のような色彩の戦争画と、あまりの振幅に目眩を覚える。しかしそういう振幅の果てに、最後は一人のカトリック信者として救済を得ることが出来たのだろうか。よくわからない。

個人的には、フランスの名物を48枚のカードに描いてモザイクにした「フランスの富」(1962)あたりの(まあ、遊び半分といってもいいだろうなあ)小品が眺めていて楽しいと思ったが、我ながら志の低いことではあります。

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コメント

この記事を拝見して、混みあってそうだから、そのうちにと延ばし気味にしていた気分が変わり、今日行ってきました。「カフェにて」が2作並べてあったのが、一番の驚きでした。間違い探しではないですが、違いを比べ、見入ってしまいました。戦争画は色調のせいもあって、何が描かれているのかと、つい間近に寄ってしまいがちでしたが、混みあってるせいもあり、大きな作品にもかかわらず、全体をとらえた鑑賞はできませんでした。
「よう、おんなじような色ばっかりで、描けるなあ。すごいな。」との感想がお隣から聞こえてきて、思わずうなづいてしまいそうでした。赤錆色か乳白色かの色彩の違いがあるものの、同じ色調で描きこめられたフジタの世界という気がしました。猫をはじめ動物が、人間と違い、愛くるしく生き生きした表情で、楽しい絵でした。おかげさまで、気づけば、会期が終わってしまってたとならずにすみました。

投稿: ミラー | 2006/07/08 20:13

こんばんわ。そうそう、あれはホント間違い探しでしたね。
フジタという画家は、いままでよくわからない人でしたが、この展覧会で、なんかわかったような(錯覚でしょうが)気になりました。
お読みになったかも知れませんが、「ユリイカ」5月号が藤田の特集で、野見山暁治氏が、戦時下の美術学校にフジタがやって来た話を書いておられます。エコール・パリが目の前にいる、という美術学校の生徒の感激をよそに、巨匠はひたすら絵を描くにはまず体力を鍛えよ、と言ったそうです。日本人とは思えない立派な体格で見るからに洗練されていたというオハナシ。

投稿: かわうそ亭 | 2006/07/08 21:50

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