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2006/07/05

俳句安楽椅子探偵の半日

今年の2月11日に書いた中村草田男の「金魚手向けん」の句に関連するエントリー(こちら)に関して。
そのなかで、わたしはこう書いた。

そしてこの句を含む出句が草田男のホトトギスへの最後であり、虚子はこれを巻頭に据えたのだ。

今日、俳句友だちから、メールをもらって、年譜では昭和18年にホトトギスを去るとあるけど14年の金魚手向けんが最後で18年までは投句しなかったのでしょうか、と聞かれて、あれれ、と思った。そういえば、これはちょっと変だぞ。

というわけで、たまたま休みだったので、国会図書館に行って草田男関係の文献10冊ばかりを調べてみた。(これ以外にも、派生的な発見があるので書いておく)

まず、わたしの文章のもとになったのは、『新興俳人の群像—「京大俳句」の光と影 』田島和生(思文閣出版/2005)の199頁から200頁にかけての文章。

一方、「ホトトギス」同人の草田男は昭和十四年代、俳壇の空気が右傾化する中で、相変わらず、批判精神の盛んな作品を発表していた。
虚子は、昭和十四年六月、七月号の「ホトトギス」雑詠に、草田男の作品を巻頭に据える。七月号作品は、草田男にとって「ホトトギス」最後の発表となるが、花鳥諷詠主義とは程遠い作風。太っ腹な虚子の大胆な選ともいえる。(下線:獺亭)

結論からいえば、これはたぶん間違いですね。おそらく「巻頭はこれが最後となる」(のは確認)、とでも書くべきところだったのでしょう。
間違いだと思う根拠は、『虚子選ホトトギス雑詠選集(春夏)』(新潮社/1962)である。この本には、何月号かまでは書いてないけれど、何年の「ホトトギス」雑詠欄から採ったかが記されている。ここから草田男の句を探して、それが何年であったかを見ればいい。
関西館には秋冬の版は収蔵してないようなので、とりあえず春夏だけだが、昭和15年以後に少なくとも4句が採られていました。

  落第の弟きのうふもけふも哀れ  (昭和15年)
  虹に謝す妻よりほかに女知らず  (昭和15年)
  片陰ゆくつひに追ひくる市電なし (昭和15年)
  口笛をやめては答へ春惜しむ   (昭和17年)

この本も全てを網羅しているわけではないから、春夏だけでもほんとうはもっと多いでしょう。
みすず書房発行の全集の別巻にある年譜をみても、「ホトトギスへの投句をやめる」とあるのは昭和18年となっています。
「ちゃんと調べてから書けよな」と如月真菜を罵倒しておきながら、そういう自分もちゃんと調べてなかったというお粗末。反省。(笑)

しかし、俳句の書誌学的な作業というのは意外と進んでいないのかなと思ったなあ。

というのは、たまたま(つまりこれから先が別件の発見になるのだが)『新編草田男俳句365日』宮脇白夜(本阿弥書店/2005)という本も参照したのだが、そこには「金魚手向けん」の解説としてこんなことが書かれているのだ。

昭和十四年六月号の「ホトトギス」でこの句は「月ゆ声あり汝は母が子か妻が子か」の句など共に巻頭を占めた。虚子選の端倪すべからざる事の証として、その事はしばしば話題となった。(下線:獺亭)

ところがですねえ、俳句安楽椅子探偵のわたしはもちろん、まず「金魚手向けん」がほんとうに「ホトトギス」の巻頭だったのかどうかまっ先にチェックしています。そのために参照したのは『創刊百年記念ホトトギス巻頭句集』稲畑汀子監修(小学館/1995)。
こうあります。

 昭和十四年七月号(515号)
  響呼んで来る夜番より吾は惨め  中村草田男
  枯枝婆娑心労斯くては肺いかに
  人あり一と冬吾を鉄片を虐げし
  金魚手向けん肉屋の鉤に彼奴を吊り

ね、「月ゆ声あり」はこの時じゃないでしょ。

じつは、『創刊百年記念ホトトギス巻頭句集』によれば(これはさすがに間違いないでしょう)この句はたしかに昭和十四年六月号巻頭のうちの一句なんです。(つまり草田男は二連続巻頭だったわけだ)そのときの句。

 月ゆ声あり汝は母が子か妻が子か
 居りながら居ぬといふ家の冬薔薇蹴る
 火見櫓曇天を冬の刻移る
 教師立ちて茶色の光大試験

やれやれ、『新編草田男俳句365日』って、装幀はすごく立派なんですけどねえ。

そのほかにも、今日の調べもので、草田男が小野撫子あたりにつけねらわれていたのに、なんとか京大俳句事件の犠牲者のような目に合わなかったひとつの(もちろん全部ではないが)理由がわかったのだが、長くなったのでこの話はまた別の機会に。

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コメント

安楽椅子探偵の活躍を期待しています。

一連の記事は始めから興味津々で読んでおり、ここに来て一つの理由が明かされるとなると、どうしても最後まで付き合わないといけません。

60年程の歴史の中で、同時代・回想・甦生等々、ポストモダーン風の評論家の横着な切りくちやポスト・ポストモダーン風の検証などを経てやっと対象に迫るには、どうしてもそれなりの経過が必要な様子が見て取れるような気がしました。

投稿: pfaelzerwein | 2006/07/06 18:25

こんばんわ。どうもありがとうございます。
「ここに来て一つの理由が明かされる」
じっちゃんの名にかけて!って、いや、そんな大した発見でもなんでもないのですが。困ったな。(笑)
近日中にご紹介します。

投稿: かわうそ亭 | 2006/07/06 22:21

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