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2006/09/19

俳句の三千家

「すばる」10月号の特集「鼎談・短詩形文学の試み——切れと近代」から。
参加者は金子兜太、熊倉功夫、高橋睦郎、石寒太(司会)という顔ぶれ。熊倉功夫さんが参加しておられるので、話は当然のように茶道に及ぶ。高橋さんのコメントに大笑いする。

熊倉 そこはまさに虚子を跡継ぎにしようとした意識かもしれないですね。断られたから、しようがなかったけれど、本当はちゃんと後継者があれば、子規は家元制の利休さんになったかもしれない。

高橋 で、紹鴎になった。というか、されちゃった。子規は虚子以降、あるいは反虚子というべき人びとにも重大な影響を与えたし、いまなお与えつづけていますが、家元にはならなかった。

金子 虚子はそれでちゃんと家元をつくった。虚子の意識というのは子規にもあったと思いますね。

高橋 虚子としては、子規から家元を継承しないで、最初の家元になるぞと。

熊倉 紹鴎にしちゃったわけだ。

高橋 子規を紹鴎にして、自分は利休になり、子孫は千家になった。いまは「ホトトギス」の稲畑家が表千家。「玉藻」の星野家が裏千家。「花鳥」の坊城家が官休庵かな。ただ、同じく子規から出ても、短歌には虚子のような超絶した経営者的人物はいなかったから、「アララギ」はのちに絶える。(後略)

子規を武野紹鴎になぞらえるのはともかく、「ホトトギス」が表千家で「玉藻」が裏千家とすると、まあ、家元の格から言えばそうなんだろうが、なにしろ裏と表とでは圧倒的に裏千家の勢力が強いので、なんとなく「ホトトギス」凋落の図式を暗に含んでいるようだ。高橋さんもなかなか悪意の籠った発言で、これはホトトギスの人は怒るだろうなあ。(笑)

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コメント

近代短歌に家元が出来なかったのは、短歌は曲がりなりにも文藝だったからでしょう。つまり才能が必要で、俳句や茶道のようにだれでも家元になれるような底の浅いものではなかった。
桑原武夫は後に「俳句第二藝術論」を、「少し厳しすぎたかな」と若気の勢いを反省して見せていますが、俳句界の主流は今に至るも桑原の議論を乗り越えてはいない。
他にも家元が存在するのは、藝としての奥行きのない分野に限られます。(そういえば政治の分野も2世、3世花盛りですが、やはり「底の浅い」「藝のない」分野なのでしょうね)

投稿: 我善坊 | 2006/09/20 08:31

ははは、惜しみなく愛を俳句に奪われているわたくしといたしましては、耳の痛いお言葉ではありますが(泣)、詩文を家元制度で経営するつもりの厚顔無恥な一族がのさばり、それをもちあげて飯のタネにする俳句総合誌やらメディアがあるのが現実ですね。まあ、すべてはあの人たちにとっては営業ですから、批評が成立しないというあほらしいことになっています。

投稿: かわうそ亭 | 2006/09/20 19:02

失礼なことを申しました。あくまで「主流」気取りで「伝統俳句」などと称している営利団体の人たちを評しただけで、多少は俳句を試みる者として俳句の総てが「藝のない」「底の浅い」ものだとは思っていません。
しかし「今朝咲きしくちなしの又白きこと」(”裏千家”家元)などという痴呆句が歳時記に堂々と掲載されるのを見れば、この世界は末期状態と思うのもご同意いただけるでしょう。

投稿: 我善坊 | 2006/09/21 08:23

わたしの手元の二つの歳時記(講談社「日本大歳時記」と平凡社「ポケット歳時記」)にもしっかり食い込んでおりますね。猟官運動の得意な自民党の派閥みたいなものかと。(笑)

投稿: かわうそ亭 | 2006/09/21 21:45

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