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2006/09/29

Saving Fish From Drowning

先日読み終えた『Saving Fish From Drowning』Amy Tan(Random House)について。
エイミ・タン、中国語では譚恩美。
この作家、なにしろ天性のストーリー・テラー。 中国系米人綺譚といった感じの小説を書かせると抜群の名手である。
だからその名前が「譚」とはちとできすぎている。ペンネームだろうと思うのだが、いくつか中国語のサイトもあたってみたが、本名が別にあるというような記述はないみたい。
ちなみに手元の中国語辞典にあたると、中国人の姓のなかには、たしかに「譚(tan)」というのはあるようだ。もしかしたら、ペンネームじゃなくて本当にそういう名前なんだろうか。そうだとしたら面白い。

253977351_e69683a389 さて本書の中身は、前にも少しだけ紹介したが、12人からなるアメリカ人観光団体が、中国の雲南省の奥地からビルマにかけての仏教美術に出会う旅といった感じのパック旅行のなかで少々風変わりなトラブルに巻き込まれるという物語。実際のトラブルは、むしろ牧歌的なものだったのですが、表面的にはかれらは悪名高い軍事政権下のミャンマーで行方不明になるので、メディアがこれをとらえて、大騒ぎをはじめる。一方ミャンマーの将軍連中はワシントンDCに本拠を置くコンサルティング会社のアドバイスで、これを逆に利用して、行方不明の11人(一人は二日酔いでトラブルを逃れているのですね)の救出ドラマにかこつけてビルマ各地の観光宣伝をもくろむというドタバタ喜劇が繰り広げられる。

面白いのは、このオハナシの語り手のヒロインは、本来この旅行を引率する筈だった中国生まれの美術愛好家なんですが、物語の冒頭でいきなり謎の死をとげてしまって、死後の霊魂として旅に同行しているという趣向なんですね。そして、交霊師が書きとめた口述筆記を、作者が偶然発見するというのが小説の滑り出しの枠組みになっています。
まあ、現代小説と言うのは、こういう「語り」の構造がどうも必要なようでありますね。

それはともかく、この作品の題名「Saving Fish From Drowning」について、エピグラフでこんな笑話が掲げてある。

A pious man explained to his followers: "It is evil to take lives and noble to save them. Each day I pledge to save a hundred lives. I drop my net in the lake and scoop out a hundred fishes. I place the fishes on the bank, where they flop and twirl. "Don't be scared," I tell those fishes. "I am saving you from drowning."  Soon enough, the fishes grow calm and lie still.
Yet, sad to say, I am always too late. The fishes expire. And because it is evil to waste anything,  I take those dead fishes to market and I sell them for a good price. With the money I receive, I buy more nets so I can save more fishes.
--ANONYMOUS

いのち奪うは邪悪なり。いのち救うは尊きなり。我、日に百のいのちを救わんと発心し、毎日網うち、魚どもを溺れ死にから救わんとす。悲しいかな、常に遅れたり。魚ども死にき。我、これを市場にて売り、いささかの金を得ん。我、この金もてさらに多くの網を買わんとす。次こそさらに多くの魚どもを溺れ死にから救わんがため——てな感じかな。

ところが、小説の中ほどにやはり「Saving Fish From Drowning」という章が設けてある。場面は、アメリカ人の観光客が現地の市場で大きな鯉を見ながらおしゃべりをするところ。魚ってのはさ、水のなかで鰓呼吸するんだから、いくら口をぱくぱくやってて可哀想だからって、水から揚げてしまったら、逆に窒息しちゃうんだよね、なんてぺちゃくちゃ言ってるのですね。
魚の生態を知らず、溺れ死にしないよう、ほんとうに善意でかれらを掬い上げて殺ちゃったらお笑いだよね、というのですが、一行のなかに皮肉屋がおりまして、こんな意見を言う。
前後を引用します。

"It's horrible," she said at last. "It's worse than if they just killed them outright rather than justifying it as an act of kindness."
"No worse than what we do in other countries," Dwight said.
"What are you talking about?"Moff said.
"Saving people for their own good," he replied. "Invading countries, having them suffer collateral damage,as we call it. Killing them as an unfortunate consequence of helping them. You know, like Vietnam, Bosnia."
(p.170)

それってさ、おれたちアメリカ人がいつもよその国にやってることじゃん。(笑)
ははは、かれらもよくわかってはいるのですね。しかし、だから、もうおれたちは手を引くよと言われてもこれまた困ってしまうのだが。

中国語のサイトではこの作品の題名は「拯救溺水魚」あるいは「救魚不淹死」と翻訳されています。異なる訳があるということは、もともと中国の故事成語ではないのかもしれませんね。

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コメント

お腹を抱えて大笑いです。可笑しくて可笑しくて、、、。
何回読んでも可笑しくて、皺が増えるじゃないですか。傑作です。
"The Joy Luck Club"が積読になっているのですが、Saving Fish From Drowning これ、覚えておく事にしました。

投稿: でんでん虫 | 2006/10/02 01:28

どうも、どうも。(笑)
この小説の時代設定は911の前になっていますので、アフガニスタンやイラクという名前はわざと出てこないのですが、出版されたのは2006年ですから、いやでもアメリカの方はヴェトナムやボスニアより切実なことを連想せざるを得ないと言う仕組みでしょうね。
日本人としては、笑って、しかし、ちょっと気の毒にもなる。

投稿: かわうそ亭 | 2006/10/02 22:16

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