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2006/12/19

根岸の里のゆびずもう

Nihira  童貞や根岸の里のゆびずもう

仁平勝の第二句集「東京物語」(『セレクション俳人18仁平勝集』収録)にこんな句があった。なんじゃこれは、てな感じですが、勘のいい人はこの句がなんのパロディであるかすぐに悟ってにやりとするか、しょうもないと苦笑するでありましょう。わたしはしばらく気がつかなかった。
べつにこの句についてふれているわけではないが(そもそもそんな大げさな句ではない)、やはり同書に収録されている「秋の暮論」という評論にこんな箇所があります。

ちなみに「根岸の里の侘住居」という言葉があって、これを俳句の中七下五に使うと、素人でもそれなりの句ができる。あとは上五に季語でも持ってくれば、「初雪や根岸の里の侘住居」「菜の花や根岸の里の侘住居」「名月や根岸の里の侘住居」といった具合で一応の俳句になる。根岸といえば子規が住んでいた場所だから、おおかた当時の誰かが考えついたのだろう。なかなか気のきいた言葉遊びで、ちゃんと月並俳句への皮肉になっている。

「わびずまい」と「ゆびずもう」とでは、おやじギャグのだじゃれみたいだが、そういう「根岸の里の侘住居」の言葉遊びを下敷きにして、女を知らない男がせいぜい指相撲なんぞでいちゃついているという景色を思い描くと、そこに女人との肉体的な交接は望めなかった子規を重ねることになって、これはこれでなかなか俳味のあるたのしい句ではあります。
まあ、病に倒れるまでの子規は、なかなか血気盛んな人だったようだから、女を知らなかったはずはないと思うけれど。

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