福沢諭吉の狂詩の雅号
引き続き、一海先生の『漱石と河上肇』(藤原書店)を読んでいる。
すると、うれしいかな、昨年来の疑問が氷解した。こういうことがあるから本読みはやめられない。(笑)
まずは、昨年8月16日のエントリーをお読みください。(ここ)
一海先生は、おそらく花田清輝の「いろはにほへと」に書かれた尾崎咢堂のエピソード(が事実かどうかは別として)はご存じなかったようで、そのことには触れておられないが、この諭吉の狂詩を以下のように紹介しておられる。
さて福沢諭吉の一例、負龍軒作「田舎議員」。負龍軒は「不料簡」をもじった雅号だろう。
道楽発端称有志
阿房頂上為議員
売飛累代田畑去
貰得一年八百円読み下せば、
道楽の発端志有りと称し
阿房の頂上議員と為る
累代の田畑を売り飛ばし去り
貰い得たり一年八百円この男の道楽のはじまりは「志有りと称し」といううたい出しは、「学者」の詩らしく典故をふまえる。『後漢書』班超伝に、「人となり志有りて細節を修めず」。班超は何かをしでかそうという人物で、ちまちました事にはこだわらなかった。
つまり昨年、中津の福沢諭吉記念館でみかけた手紙の読めなかった作者名の部分が判明したのでありますね。
写真と照合するとたしかに「負龍軒主人」と読めます。(写真をクリックすると大きくなります)
獺亭主人、負龍軒主人にまみえるという一席。(笑)
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コメント
号はいいけど、福沢ならば、脚韻でも踏めば通りかと思われて、愕然。一休みたいに、見事な脚韻を踏んだ江戸明治その後の狂詩家はおられたかしら?蕪村には脚韻みごとに踏んだ焼きスズメの歌ある(失くしてしまったから、ご存知ならば、教えていただければ、感謝します)が、そうだったら、きっと脚韻のよく響く狂詩も書いたかと想像しますが?Blog題から少々外れて御免。
投稿 robin d gill | 2008/03/17 08:00
こんにちわ。
ええと「福沢ならば、脚韻でも踏めば通りかと思われて、愕然。」というところの意味がいまひとつよくとれませんが、即興にしてはよくできておりますね、たしかに。
蕪村の「脚韻みごとに踏んだ焼きスズメの歌」というのも、探索意欲をかき立てられますので、たまたま今日は図書館の返却日でもあったことであり、講談社の「蕪村全集」(全七巻)をぱらぱらと斜め読みしましたが、これという発見は残念ながらありませんでした。そのうち、「焼きスズメ」の正体がわかりましたら、ご報告いたしましょう。(笑)
投稿 かわうそ亭 | 2008/03/18 16:19
只今、狂歌(天明のみでなく、古事記の大雀の歌まで入れる、広い意味で狂歌)の本、半分までできていて、あの蕪村の、多分57577の脚韻も欲しいいいいい。まだ見つけていないでしょうか?蕪村のものが、一、二ダスのと一緒で、唯一のうまい!と思ったもの。回文も近くにあった。どういうわけか、記憶には、かの也有の鶉の衣も記憶に近い、そのなんとか編に加えた?ライム好きの先生は九州かどこかに居たのもぼんやりと覚えているが、客員を趣味にした日本人を探す方法もある。 よろしくお願いします。見つけたら、Hotmailでuncoolwabinを知らせてください!敬愚
投稿 敬愚 | 2008/04/15 00:12