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2006/12/08

暗号名「Wild Fire」は現実か(1)

W_fire_1 ネルソン・デミルの『Wild Fire』は、ジョン・コーリーものの最新作。『Plum Island』から数えて4作目になる。前作の『Night Fall』のエンディングが911だったわけだが、今回の事件はそれからちょうど一年と一ヶ月たった2002年10月11日からスタートする。

さて、ここでスポイル・アラートです。

以下は、全部で519ページある本書の最初の数十ページに書かれていることのみに限定し、かつその内容はオハナシの単なる背景説明にすぎませんのでとくにネタバレにはならないと思います。
ただ、こういう娯楽小説は、まったくの白紙の状態でとりかかりたいという方も多いと思いますので(その気持ちはよくわかる)、そういう場合は今回のエントリーは飛ばしていただいたほうがいいかもしれません。

と、一応お断りして言うのもなんですが、いま書こうと思っているのは、じつは直接的には本書のことではありません。本書はデミルらしい、ページターナーの娯楽小説で、ありていに言って、かなり不謹慎なヨタ話なのですが(理由はこのまま読んでいただくとわかります)、「あほくさ」と笑い飛ばすには、ちょっと気がかりである。読後感はあまりに辛辣なブラック・ジョークを聞いたときのこわばった笑いと「どん引き」との間、という感じなんですね。

ここでちょっと回り道をします。
近年はあまり新聞などで見かけませんが、MADという言葉があります。
Mutually Assured Destruction の略で、日本語訳では「相互確証破壊」という核戦略上の重要概念ですね。「Wikipedia」の説明を引きます。

核兵器を保有して対立する陣営のどちらか一方が相手に対し戦略核兵器を使用した際に、もう一方の陣営がそれを確実に察知し、報復を行う事により、一方が核兵器を使えば最終的にお互いが必ず破滅する、という状態のことを指し、互いに核兵器の使用をためらわせる。

いわゆる核の抑止力という考え方ですが、ここでもっとも重要なことは、核攻撃を受けた側の報復はかならず、瞬時に、ほとんど機械的に行われるということです。大統領や最高会議議長がいろいろな状況報告を受けて報復するかどうかを判断し決定を下すという時間的な余裕はありません。敵陣営のICBMが飛んできたことを知ったら、せいぜい数分しか考える時間はありません。指導者の逡巡はむしろ致命的な敗北——敵陣営の生存と自陣営の消滅につながります。
こうして冷戦下においては、やられることがわかった時点で反射神経のように瞬時にやり返すための軍事体制が練り上げられ、ほとんどソ連という大国を破産させるまでのコストをかけて維持されました。

このような核戦略にMADという名前をつけた連中のユーモアのセンスをどう考えたらいいかよくわかりませんが、それはそれとして、この核抑止力という概念をどのように考えるかというのはまことに難しい問題です。
大江健三郎流に、我らの狂気を生き延びる道を教えよと叫びつつ、核廃絶だけが最終的な解決だとご高説を述べるのがあたりさわりがないのかもしれないけれど、大江健三郎の言動が大嫌いだということは別にしても、これは「世界人類が平和でありますように」というお題目をあちこちに貼ってまわる宗教とさほど変わらないような気もする。
一方、親が国会議員だったから息子も国会議員になったというだけの馬鹿が核保有の議論をしたがるのは、本人はまったく理解していないとわたしは思うが(バカだから)、その背後には、核の抑止力だけが核による人類絶滅を防ぐ唯一の現実的な方法であるというまことにプラグマティックな思考がある。それを誤りであるというのはたやすいが、しかし現実に、1945年8月9日のナガサキ以後61年間、世界にはおよそ7万発の核弾頭があるにもかかわらず、無辜の市民を虐殺する目的で実際に核兵器は使用されていないというのも事実である。それを核の抑止力の効果と思うかどうかは議論があると思うが、控えめに言っても排除できない考え方ではある。

さて、ではこのような核の狂気は、冷戦が終ったいまではもはや過去のものになったのか。
もちろんそんなことはありませんよね。
911以後の、対テロ戦争(War on Terrorism)の時代に生きる、いま現在のわれわれにとって核がどう戦略的に位置づけられているのか、というのが本書『Wild Fire』の背景であります。
というところで、くたびれたので以下次号と言うことで。

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