ゾウ語のはなし
「月刊言語」2月号に高野秀行さんが「ゾウ語の研究」という一文を寄稿されている。
高野さんの「ゾウ語」というのは、東南アジア各地で象使いが象に命令する時の言葉のこと。金太郎さんのお馬の稽古の「はいし、どうどう」に同じ。いや、ちょっと違うか。(笑)
このゾウ語、とても不思議である。
現在、ミャンマー、タイなどインドシナのほとんどの国のジャングルでゾウが使役されている。使役する民族も多岐にわたるが、ざっと調べてみると、どの民族もみな、自分たちの言葉とゾウ語が一致しないのだ。例えば、タイ人は人に「止まれ」と命令するときは「ユット」というが、ゾウには「ハオ」という。なぜ、ハオというのかタイ人に訊いてもわからない。
ところが、ゾウ語自体は、国や民族がちがっても、いくつか共通する単語があるのだ。例えば前述の「止まれ」だが、驚くべきことにカンボジアでも、ベトナムでも、ラオスでも、どこでも「ハオ」なのである。そして、この「ハオ」はどの民族の言葉とも似ていない。
ということで、これはたぶん、古代のインドから象の使役法が伝わって、各民族の象使いのなかにその言葉が残ったのではないか。だとすれば、このゾウ語を研究すればはるか遠い古代のインドからインドシナにかけての民族移動や文化の伝播の時期とルートが明らかになるのでは、と高野さんは考えたというのでありますね。
これ、なかなか面白いね。
ただ残念ながら、高野さんは音韻学者ではないので、たとえば有気音と無気音、語尾の「-n」と「-ng」の聞き取りなどをきちんとして、学問的にゾウ語の語彙を収集することができないという。ところが、よくしたものでポルトガル在住の言語学者、小坂隆一氏が、「録音があれば聞き取りくらいはしてあげるよ」ということになった。
高野さん、さっそくいろんな民族のゾウ語を録音採取して、ポルトガルに送った。エッセイによれば、このお二人、インターネット電話(たぶんSkypeかな)でユーラシア大陸をまたいで延々と話をしているらしいので、たぶん、録音データも音声ファイルで送ったのだろう。じつに便利な世の中である。
だが、録音を聞いた小坂さんは「うーん、これじゃ今ひとつよくわからないですね」というのだそうです。採取されたのが動詞ばかりである。言語学の基礎語彙をつくるには名詞が必要だ。母、父のような親族名称、空や石のような一般名詞。
「そりゃ、無理ですよ!」と高野さんは思わず悲鳴をあげた。ゾウ語というのは最初から動詞しかない。しかも命令形のみ。
まあ、そうだろうなあ。なんせ象を使役するための言葉である。
「キミのお母さんの弟のことはなんて呼ぶのかなあ」だとか「ほら運んで欲しいのは、この大きな石だよ」なんていうような言葉ではない。
ということで、研究はいま暗礁に乗り上げているそうです。
どなたかいいアイデアをお持ちの方はぜひご一報を、とのことであります。
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