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2007/03/27

箪笥に封印

箪笥をひらりととび八丈。けふちり緬の明日はない夫の命しら茶裏。娘のお末が兩面の紅絹の小袖に身をこがす。これを曲げては勘太郎が手も綿もない袖なしの。羽織もまぜて郡内のしまつして着ぬ浅黄裏。黒羽二重の一張羅、定紋丸に蔦の葉の。のきも退かれもせぬ中は、内裸でも外錦。男飾りの小袖までさらへて物數十五色。内ばに取つて新銀三百五十匁。

2007_0327 心中天網島、天満紙屋内の段、着物尽くしの場面。
小春を夫の治兵衛に請け出させるために、商売の金を渡し、それでも不足する金を工面するため、質入れする衣類を箪笥から取り出すおさん。一番泣ける箇所でありますね。

田中優子さんの『江戸の恋』(集英社新書)によれば、この時代、妻が実家から持ってきた家具調度類や着物はあくまで妻の財産であった。婚礼の行列が長いことは、それだけの道具類を持たせるだけの経済力を妻の実家が持っていることを示して、嫁ぎ先での地位を有利にするというはたらきがあったといいますな。
実家が持たせたものは妻の財産であるということは、離縁するときは当然これは実家にもって帰る。
心中天網島では、おさんの父の五左衛門がいったんは小春との縁切りの誓紙を書いたはずの治兵衛が性懲りもなく小春を身請けしようとしていると思い込み治兵衛の家に乗り込んで、去り状書けと怒鳴りながらまずやったのが、おさんの箪笥を改めて、その衣類の数を確かめて封印を貼ることであった。おさんが立ちふさがって、衣類の数は揃っている、箪笥の中身まで調べるには及びませんと必死で父にすがるのを、五左衛門が突き飛ばして中をあらためてそれが空であることを知って血相を変えるわけでありますが、この場面を文楽劇場でみたときはなんかびっくりしたなあ。むかしの離婚というものが、この箪笥に封印を貼るという手順としてきちんとひとつの様式にされていたという驚き。着物がなによりまず財産でもあったという文化の根強さ。そんな感慨があったのであります。
ところで、これも田中さんの上記の本で知ったことですが、妻の持参金は化粧料とも呼んだそうですが、もうひとつ敷金という呼び方もあったそうです。家を貸すときに受け取る敷金と同じ。離縁したときは妻に返す必要がありました。

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コメント

引用文中の“郡内”を、「めぐり逢うことばたち」アウェイ版として書かさせてもらおうと思ったのですが、なにせ年度末で多忙を極めていますので、“いずれまた”にさせていただくことにしました。

書き出したついでに?、「いつもおもしろい記事、有り難うございます。」と、お礼を書かせてもらいます(笑)。

投稿: かぐら川 | 2007/03/30 00:53

こんばんわ。
遅ればせながら地震のお見舞いを申上げます。日記を拝見するかぎりでは、がぐら川さんのお宅は大丈夫だったようですので何よりです。大阪も結構揺れました。

投稿: かわうそ亭 | 2007/03/30 23:10

どうも。
 磯田道史「武士の家計簿」新潮新書2003年
にも、下層武士(下士)では、類似の、法的関係だったようです。嫁入り時の嫁資は、婚姻後もそのまま維持していて、夫がそれから借り入れをする、ということもあったようですね。関連TBを張らしていただきます。

投稿: renqing | 2007/03/31 01:55

renqing さん
コメント&TBありがとうございました。
偶然ですが相互参照して面白いエントリーになりましたね。こちらからもTBさせていただきます。

投稿: かわうそ亭 | 2007/03/31 19:24

私のところは、震度5弱だったのですが、長い?人生の中で最大の地震で、続く揺れのなかで一瞬最悪の事態も想定しました。

この婚資の帰属の記述を読みながら数十年前に聞いたローマ法の講義を思い出しました。当時、こういったことには興味を持っていなかったことを残念に思いながら、ローマ法という一つの過去に情熱を傾けて語れる人のいたことが懐かしく思い出されます。

投稿: かぐら川 | 2007/04/01 01:50

上記のローマ法学者吉野悟氏の名を検索したら下記のようなものが出てきました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%B3%E3%83%88

投稿: かぐら川 | 2007/04/01 02:11

かぐら川さんのコメントで、十数年前に読んだ1節を思い出しましで、記事を作り、TB致しました。ご参考まで。

投稿: renqing | 2007/04/01 08:29

コメント、どうもありがとうございます。レスのかわりに、あらたにひとつ記事を書きました。

投稿: かわうそ亭 | 2007/04/01 23:16

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