『シェル・コレクター』
貝を集める人
ハンターの妻
たくさんのチャンス
長いあいだ、これはグリセルダの物語だった
七月四日
世話係
もつれた糸
ムコンド
これは思わぬ拾い物。
まず文章が美しい。とくに自然の描写。たとえば「たくさんのチャンス」で十四歳の少女がフライフィッシングを通じてメイン州の海を知っていく箇所から引いてみる。
水から魚がとびだすのを、チョウザメがはねるのを見る。海の激しさを見る。アミキリの群れが波から放りだされ、あわてふためくニシンの大群のあいだをくねりながら通りぬけ、半分噛まれて小刻みに震えるキュウリウオを浜に追いやるのを見る。河口の浅瀬で、死んだタラが白くふくれあがってひっくり返っているのを見る。潮の満ち引きで浜に上がったガンギエイがカツオドリにつつかれてばらばらになるのを、ミサゴが波頭からキスをさらうのを見る。
簡潔でありながら、自然の情景が視覚的なイメージとして伝わってくる力強い文体なのだとわかる。これは、翻訳がいいということもあるだろうが、おそらく英語の原文のもつ力だと思う。
もうひとつは、話があるところから急に意外な方向に展開して行って、短編でありながら、場合によっては長い年月にわたる人々の物語を聞かされるような味わいがあることだ。これはとてもおもしろい特徴で、「え、そんなんありなの」というようなことが突然語られるのだが、それがまったく不自然でも、わざとらしくもなくて、短編小説の中にうまく仕組まれているんだなあ。この短編集は、処女作らしいけれど、ちょっと舌を巻くような上手さがある。
よい短編小説集は、人生の贈り物でありますね。おすすめです。
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コメント
ちょっと、日本側の「神様」の、自然描写をご参考までにTBしてみました。悪しからず。
投稿: renqing | 2007/03/13 04:54
あ、どうも。この神様の、敗戦後の出直しにあたって、日本人は日本語をやめて、世界で一番いい言語、一番美しい言語であるところのフランス語をそのままつかうのがいいのではないか、という提言はどこまで本気だったのでしょうかねえ。高島俊男さんは、「意見としてはばかばかしい、あるいはたわいもないものだが、これも当時の日本の一般的な気分を知るには良い材料である。」(『漢字と日本人』P195)と言っていますが、どうもこれはよくわからん。そもそも志賀直哉はどの程度フランス語で喋ったりものを書くことができたのかしら。
投稿: かわうそ亭 | 2007/03/13 09:50
「外國語に不案内な私はフランス語採用を自信を以つていふ程、具體的に分つてゐるわけではないが、フランス語を想つたのは、フランスは文化の進んだ國であり、小説を讀んで見ても何か日本人と通ずるものがあると思はれるし、フランスの詩には和歌俳句等の境地と共通するものがあると云はれてゐるし、文人逹によつて或る時、整理された言葉だともいふし、さういふ意味で、フランス語が一番よささうな氣がするのである。」
という、本人の弁を聞くと、どうかなぁ、という感じですね。
投稿: renqing | 2007/03/14 03:59