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2007/03/20

三つ編みで参上仕る

ウッドハウスの『Thank You, Jeeves』に出てきて、わたしが思わずにやりとしたバーティの言い回しを、ワン・センテンスだけまえに紹介した。【ここ】
とくに解説めいたことは書かなかったのだが、この表現がどうも腑におちないという方からメールをいただいたので、さきの引用のあとの展開もふくめてもう一度掲載し、わたしがなんでおもしろいと思ったのか説明します。ただし、わたしはさして英語ができるわけではないので、間違っていたらご指摘いただければありがたい。

'Well, tell old Stoker that I shall be there at seven prompt with my hair in a braid.'
'Yes, sir'
'Or should I write a brief, civil note?'
'No, sir. I was instructed to bring back a verbal reply.'
'Right ho, then.'
'Very good, sir.'

はじめがバーティ、あとがジーヴスのふたりの会話である。
すこし繰り返しになるが簡単に背景を説明しておくと、このときジーヴスはバーティの雇用から外れていて、たまたまある事情でアメリカ人の大富豪の使用人となっているのですね。そしてこのアメリカ人の大富豪はこれまたある事情でバーティに一物ふくむところがあり、そしてそのことをバーティも十分承知しているといったことを念頭においておいてください。
さてこの場面は、その大富豪がなぜか快く思っていない筈のバーティを自分の専用ヨット—といってももちろん何人もの使用人をおいて船内で楽団を入れたパーティができるといった体のものですけれど、そこに招待したいと招待状を届けさせます。その使者として遣わされたのがジーヴスであったことは前回お話しいたしました。
今回、図書館で森村たまき訳の『サンキュー・ジーヴス』から該当箇所ををノートに書き写してきましたので、さきにそれをお読みいただきましょう。

「うむ。ストーカーの親爺に、七時ちょうどに髪を結い上げてそちらに伺うと伝えてくれ」
「はい」
「それとも短い、礼儀正しい手紙を書くべきかなあ?」
「いいえ、さようなことはございません。口答にてお返事を伺ってくるようにとのご指示でございました」
「それじゃあ、よしきた、ホーだ」
「かしこまりました」

ここで可笑しいのは当然バーティの「with my hair in a braid」です。
なぜなら、1930年代のバーティの髪型はたぶん真ん中分けされてポマードで頭に撫で付けられた、そうですねえ、映画「タイタニック」の金持ち連中みたいなスタイルのはずです。「braid hair」というのは簡単に言えば三つ編みですから、もちろんこれはふざけて言っているわけですが、いったいなにをイメージしているのか。

わたしの考えるに、バーティ君はきっとネルソン提督時代の若き英国海軍士官に自分を見立てて、仮想敵国の艦長から招待状を受け取ったかのような口上で遊んでいるのだと思ったのであります。
20070321 日本語にしたときに「三つ編みで参上いたします」ではしまらないので、森村訳では「髪を結い上げて」になっておりますけれど、たぶんここでわたしたちが頭の中でイメージするべきなのは、一部に熱烈なファンを有するホーンブロア・シリーズの登場人物とか、あるいは映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」のノリントン提督の黒いリボンを結んだ粋なお下げ(あれは鬘だけど)ではないかと思う。
きっちり編んで一本にまとめ後ろに垂らしたスタイル、ピッグテイルとも言いますが、あれであります。

なお、研究社の「新英和大辞典/第六版」には、braid には俗語として海軍の高級士官という意味があることが書かれています。下っ端のセーラーたちは陰で「三つ編み連中の思いつきだとよ」なんて悪口言っていたのかもしれませんな。

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コメント

実は私もこの”hair in a braid"が理解できず、英語に堪能な先輩に尋ねたところ、
「まさに『長髪を編み固めて』で、日本流にいえば『ねじり鉢巻で』の意」
だそうですが、
「昔スパルタの若者は戦場に出る時、決死の覚悟を示すために(戦闘の邪魔にならないように)このようなヘアスタイルをした。”ready for fray”の意味」
でもあると教えていただきました。
もちろん「髪を結い上げて」で海軍士官の髪型を連想出来るなら、とりあえず意味は伝わりますが、ウッドハウスのユーモアまで伝わっているかどうか?
「よしきた、ホーだ」は意味不明で、いただけませんね。
純然たる受け売りですので、此処に書き込むのも憚られますがー。

投稿: 我善坊 | 2007/03/21 00:05

我善坊さん こんにちわ。
なるほど、”ready for fray”の意味というのは貴重なご指摘です。
ここはオハナシの流れからいって、ちょっと微妙な思惑の錯綜しているところですから、バーティ君は招待主に敬意を表するため「正装で」(髪をちゃんと編んで)行くことを招待主に伝えさせると同時に、使者が気を許せるジーヴスですから、暗に「なにが待ち受けているかわかったもんじゃないから戦闘モードで行くか、ジーヴス」ということを言っていると解釈したらおもしろいかも知れません。そして、オハナシはまさにこの戦闘モードが必要とされる展開に(当然)なるのでありますね。
ゴッド・ファーザーⅡで、たしかマイケルが部下に、「味方には友好的に、敵にはさらに友好的に振る舞うもんだ」てな話をするところがあったような気がしますが、敵に対してはわざと大げさな身振りの友好ぶりを見せつけるのはイタリア人も、アングロサクソンも、戦国武将も共通でありますから、つねに油断しないことは男子の心得でありますね。(笑)

投稿: かわうそ | 2007/03/21 11:26

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