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2007/05/30

岡井隆の短歌読解法(2)

『わかりやすい現代短歌読解法』の続き。
歌はそのまま読み下して感覚的にとらえればそれでいいのだ、という風に言われると、そうか、そうか、読みなんてテキトーでいいんだなと、うっかり勘違いしそうだが、それだけではやはりつまらない。
「どこがどういいか口ではうまく言えないけどいい歌」とか、「なんとなく好き」なんていうのは、きっとその人にとって大切な謎が残っているということだ。だから、できればときどきその歌を口ずさみ、ああでもあろうか、こうでもあろうかと考えてみたほうがいい。ある日、なにかの拍子にすとんと胸に落ちる答えが見つかるかもしれない。
たとえば、本書で岡井隆はこんな歌を読者に提示する。

 馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人恋はば人殺むるこころ

塚本邦雄の『感幻楽』にある有名な歌である。現代短歌のファンであれば誰でも知っているといっていいほどよく知られたものですが、この歌をうっとりとしてしゃべっている人がいたら、ちょっと意地悪く、でも馬を洗うのと恋とどういう関係があるの?と聞いてみたくなる、と岡井さんは言うのですね。

これは困るね。相手が経験の浅い人であれば、ははは、詩というのはそう理詰めで考えるものではないよキミ、なんて言って逃げられますが(笑)、もし岡井隆にこう聞かれたら、これは冷や汗ものであります。

わたしは俳句も好きですので、この歌は、夏の季語の「馬洗う」や「馬冷やす」と絡めて解釈していました。
きびしい農事や輸送に使役していた馬を、夕方、川に連れて行って汚れた体を洗ってやる。しかし馬を洗うのだったら、ただ汚れを落としてやればいいだけではないだろう。つらい労働を共にし疲れ果てた自分の分身、兄弟のような馬である。ほてった体をゆっくりと冷やし、もし馬に魂というものがあるならば、それが透明な結晶かなにかのようになるまで、何度も水を馬の体にかけて人は馬と心を通わせるのではないか。馬を洗うのならそこまでする。恋をするなら・・・・

さて、以下は岡井隆の解釈。

この馬は武士の馬で、平家物語などに出てくるいわゆる「駿馬」でしょう。川のそばで馬を洗ったりするのは俳句の季題だと夏ですが、そんなことを考える必要はないと思います。馬は、漢字と一緒に日本に入ってきたといわれていますけれど、武士が自分の次に大事にしたという乗り物であります。しかも姿も美しい。そういうことを考えると、何か自分の中にある大事なものを徹底的に洗い上げて、あくる日の戦闘に備える。そういった気持ちと、恋をするならば、相手の命を奪ってもいいという激情をもちたいというのが、うまく合わせられているのではないかと思うのです。

古の強者、武士というものをイメージすることで「馬のたましひ冱ゆるまで」と「人殺むるこころ」がすっきりとつながるすぐれた解釈だと思います。これが正解か、どうかは別にどうでもいいことですが、「なんとなく好き」にとどまっていては詩を読む楽しみは深くならないのは間違いないでしょう。

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コメント

ウーン、これは形を変えた読者論ですかね。
岡井の”優しい”言葉とはウラハラに、「短歌や俳句に限らず小説でも、スラスラ読めれば良いってもんではない。真に味わうにはちょっとした努力や忍耐が必要だ」ってことを言っているのではないか?
しかしその為には先ずはその詩歌や小説が好きになる、あるいは少なくとも「何となく気になる」「ひっかかる」ものでなければならない。そういう作品ならば、しばらくの間は脳髄の何処かにとどまっていて、やがて作品の真意なのか読者の深読みなのか、もう少し奥のほうで共鳴するという機会に出会う。その時を待ちなさい、ということなのでしょうね。
これは詩歌や小説に限らずエッセイや学術論文などにも共通することで、先日書かれていた『丸山講義録』なども、必ずしもスラスラお読みになれたということではなかったかも知れない。しかし読んでいる間は言葉が何処かに引っかかっていて、それが過去の経験の何かを引き出してきて、納得する瞬間の快感。これこそが読書の楽しみなんでしょうね。
お陰で「馬を洗はばー」の一首は心ゆくまで味わうことができましたが、さてそうなると問題は詩歌小説に限らず書き手の技量に移ります。論文でさえ読む者の琴線に触れる何かが仕掛けられていなければならないとなるとーー。
イヤー難しいですね!

投稿: 我善坊 | 2007/05/30 23:25

ええ、たぶんそういうことだと思います。
もうひとつあるとすれば、わたしたちが「何となく気になる」「ひっかかる」箇所というのは、案外つくり手本人も「なんでこんな風になっちゃうのかなあ?でも、なんかこうでなきゃいけないみたいなんだよなあ」というような感じのものであるのが好ましいような気もします。

投稿: かわうそ亭 | 2007/05/31 21:23

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