To Kill A Mockingbird
ペーパーバック版の『To Kill A Mockingbird』Harper Lee(Warner Books)を読む。
あえて日本語にすれば「マネシツグミを殺すのは」といった感じのタイトルだが、邦題は「アラバマ物語」であります。グレゴリー・ペックがアカデミー主演男優賞をとった映画の方が通じやすいかもしれない。
この映画のことは、「capote」の感想を書いたときに、見ていないと書いたのだが本書の法廷の場面を読んでいるうちに、中学生だか高校生の頃にテレビで見たことがあることを思い出した。まあ、いわゆる名作だから、それと意識しなくともどこかで見ているということなのだろう。
じつはもともと本書を手に取ったのも、映画「capote」を見たことに端を発している。『冷血』の取材でカポーティがカンザスに赴いたときにその取材の助手をつとめたのがハーパー・リーである。カポーティとリーは幼なじみであったのですね。
本書のなかでは、カポーティはディルという名前で登場する。リーの方は、愛称がスカウトとなっている。このふたりは6歳の頃に出会うのだが、どちらもやたら賢い子どもで(まあそれはそうだろう)幼心にふたりは結婚の約束を交わすのであります。
もしも映画「capote」を見るまえに、この『To Kill A Mockingbird』をすでに読んでいたら、あのふたりの心の結びつきや、そして反目も、さらに陰影のふかい演技として味わうことができただろうと思ってちょっと残念である。まあ、そのうちDVDでもういちど見てみよう。
本書の初版は1960年。翌年にピュリッツアーを受賞している。ベストセラーであるとともにいまでも推薦図書に選ばれる(それに値する)ロングセラーでもある。
わたしはどちらかと言えばシニカルなものの見方をする人間だが、本書は「買い」である。
1930年代の南部の田舎町、小学校で教師はヒットラーがユダヤ人を迫害していると非難する。ドイツは独裁制です、わかりますか?わたしたちアメリカはデモクラシーです。デモクラシーとは何でしょう、はい、わかる人?
主人公のスカウトが手を上げる。前に父親のアッティカスがこんなふうに言っていた。
Equal rights for all, special priviledges for none.
たいへん、よろしい。そうです、アメリカはデモクラシーの素晴らしい国です、みなさんわかりましたね。
スカウトにはわからない。なぜなら教室では先生はそう言ったけれど、黒人のトムが、誰が見たって明らかな濡れ衣なのに、白人ばかりの陪審員が死刑の評決を下したときには、こうでなくちゃねえ、分をわきまえないニグロや連中を甘やかす人たちにはいい教訓になったでしょうよ、と裁判所の前で町の人と語り合っていたのを聞いたから。
スカウトの父親であり町の議員であり弁護士であるアッティカスは、おそらくいろいろな映画やテレビドラマ(たとえば「ER」なんかにも)のなかにいまでも再現されるアメリカ人の理想の男性像の原型なのだろう。だが、わたしはそれを冷ややかに嘲笑う気にはなれない。理想化され過ぎている、偽善的だというのは簡単だが、そういうことではないとわたしは思う。
それはもっと単純なことなのだ。
わたしには、本書で作者が描きたかったのは、きっと「ちゃんとした人間」であるとはどういうことか、というそれだけのことに過ぎないと思うのであります。
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コメント
関係のない話題ですみません。富山にペーパーバック専門のweb古書店「ペーパーバック・ウエアハウス」があるので紹介させていただきます。ブログ 《読み古し「紙表紙本」の倉庫的Blog》も、更新を楽しみにしています。
http://paperbackwarehouse.jp/index.php
投稿: かぐら川 | 2007/05/03 21:25
やあ、どうも。これまたディープな洋書専門古書店ですね。ご紹介ありがとうございました。ブログの最新記事は英国ミステリーですが、だいたい人殺しのオハナシが娯楽になるのはちゃんとした法秩序をその社会が備えている証でたいへん結構なことであります。テロや無秩序があたりまえの社会では、複雑なトリックやら意外な真犯人やら名探偵登場なんて意匠はばかばかしいだけでしょうねえ。(笑)
投稿: かわうそ亭 | 2007/05/06 22:37
アクセスログにおいて貴ブログから当サイトへアクセスいただいていることを確認いたしました。かぐら川さんがご紹介下さったんですね。かわうそ亭ご亭主(?)さまともどもお礼申し上げます。ご亭主が興味があるとされる「読書,映画,俳句,連句,短歌,漢詩文,英語,中国語,Mac,写真,jazz」のうち連句、漢詩文、中国語を除けば私も興味のあるものばかり。俳句は今ならば「目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹」。五月は寺山の祥月ですね。
投稿: otzi | 2007/05/08 11:38
otzi さん
はじめまして。クールなオンライン書店ですね。これからもどうぞよろしくお願い致します。
投稿: かわうそ亭 | 2007/05/08 23:51
はじめまして。
映画『アラバマ物語』を見た後、翻訳本を読み、ただいま原作本に挑戦しています。
また、映画『カポーティ』も以前映画館で見て、とても印所に残っていた作品でした。
これまで、カポーティの作品を読んだことが無かったのですが、なぜか『アラバマ物語』のおかげで、彼の作品にも興味をもちました。
こんな風にいろいろな広がりが出てくるのは楽しいですね。
"「ちゃんとした人間」であるとはどういうことか"、今の日本にも必要なテーマなのかもしれません。日本版「To Kill A Mockingbird」、どんな内容になるのか思いをめぐらせています。
投稿: To Kill A Mockingbird | 2012/10/25 13:04
こんにちわ。コメントをありがとうございました。わたしもカポーティは数冊しか読んでいませんが、『In Cold Blood』の文体にはしびれました。(笑)
投稿: かわうそ亭 | 2012/10/25 18:23
かわうそ亭さん、お返事ありがとうございます。
カポーティの短編集、夜の樹を読み始めました。
感想は「文体がお洒落」。。。(^^;
表面だけをすくって、どうもカポーティの本質的な良さを理解できていなような気がするので、『In Cold Blood』をぜひ読んでみたいと思っています。ご紹介に感謝です。
投稿: ETCマンツーマン英会話 | 2012/11/07 11:43