アップボウ、ダウンボウ
弦楽器では弓先から弓元へ弓を運ぶことをアップボウ、弓元から弓先へ引くことをダウンボウと言います。これは私たちが息を吸って吐くのと同じです。アップボウで吸い、ダウンボウで吐く。アップボウは最初は小さな音で始まって大きくなる。ダウンボウは大きい音から始まりますが、音はだんだん小さくなる。息を吐くときもそうでしょう?あるいはアップボウは『?』で、ダウンボウは『!』とも言えます。『そうかな?そうじゃないかな?』と引いていって『そうだ!そうなんだ!』で終わる。音楽もそうですよね。『!』で終わる。
今月号の季刊「考える人」の特集「続・クラシック音楽と本さえあれば」のアンナー・ビルスマのインタビューから。
これを読んで、持っているカザルスの無伴奏組曲をかけたら、いつもとはちょっと違って聴こえた(ような気がした)。
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コメント
今月号『考える人』については、maruさんもふれられていてさっそく買ってきました。
ボウイング(弓遣い)については、最近読んだヴィオラ奏者・今井信子さんの自伝的エッセイ『憧れ』に、こんな個所がありました。
“このとき(=斎藤秀雄先生に言われてモーツァルトの協奏交響曲を初めて勉強したとき)に限らず、レコードは本当によく聴いた。高校三年の頃からは、いいと思ったディスクは擦り切れるほど繰り返し聴くのが習慣になった。弦楽器を弾く者が聴けば、弓をどこで返しているか、どの弦を使っているか、指遣いはどうしているかということはすべてわかる。ミッシャ・エルマン、パブロ・カザルス、ジャック・ティボー、フリッツ・クライスラー……巨匠たちの演奏を聴いては、そのとおりに試して弾いてみる。それにはずいぶん時間をかけた。”
「弓をどこで返しているか」(アップとダウンの切り替えし)は、わたしなどにはわからない箇所が多いのですが、というより(とくにチェロについては)意識して聴いたことはないのですが、これからはよく聴きたいですね。
投稿 かぐら川 | 2007/07/13 00:16
「弦楽器を弾く者が聴けば、弓をどこで返しているか、どの弦を使っているか、指遣いはどうしているかということはすべてわかる。」というのは、その世界にいれば当然なのでしょうが、やはりすごいですね。
投稿 かわうそ亭 | 2007/07/13 21:07
こんにちは。
最近バッハ熱に浮かされていて、時間があれば平均律を聴いています。
とかく騒がしい日常の中で、バッハの音楽は「この世の中には実は美しい秩序が存在している」ということを教えてくれて、安心感を与えてくれるからかも知れません。
投稿 maru | 2007/07/16 23:30
こんにちわ。たしかに音楽を聴くというのは、磨り減りささくれ立って行く日常のなかで、この世の秩序を感じさせてくれるものかもしれませんね。リヒテルがクレスハイム城で録音した平均律はわたしも何度も聴きました。すばらしい演奏ですよね。いまはCDしか聴けないので平均律はグールドのものを聴いていますが、もう一度リヒテルのをCDで持っているのも悪くないなあ。
投稿 かわうそ亭 | 2007/07/17 09:17