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2007/08/25

打ちのめされるようなすごい本

どんな本でも褒める、なんてのはただの阿呆だから論外としても、何でも貶す書評家というのも、やはり信用できない。

何でも貶すというのはじつは簡単なんですね。
貶し方に芸があるかあるかどうかは、大いにその書評家の腕前によるとしても、とにかくオイラは褒めないの、と決めてしまえば、まあ、あとはどうでもなる。

むつかしいのは何を褒め、何を貶すかということだろう。
つまりはそれが批評ということであります。

辛口で売っている書評家には、ふたつの危険があるとわたしは思う。

第一は、なるほどあんたは辛口書評家で通っているけど、要はなんでも貶すという安直なスタンスなのではないのか、と、いずれ疑われることである。じゃあ、どんな本ならあんたは認めるわけ、という読者の問いに、いつかは答えなければならない。ところが、当の辛口書評家さんもよくご承知のとおり、世のなかに完璧な書物はない。どこかに貶すネタはあるのでありますね。もし、瑕がなければ、瑕がないことが瑕であるといえばよろしい。
ということで、第二に、辛口書評家氏が、これぞわたくしの認める本であります、と発表した途端、なあんだ、辛口、辛口と威張って、なんでもかんでも貶しまくっていたあんたって、こんな本がいいと言う程度の本読みだったわけ。がっかりだねえ。こんな本がいいの、へえ。なんて、今度は確実に足を引っ張られることになるのでありますね、たぶん。
自業自得とは言え、辛口書評家商売も楽ではないようで。(笑)

2007_0825_2 ――なんてことを考えたのは、米原万里の『打ちのめされるようなすごい本』(文藝春秋)を読んだから。

この人の書くものは、まとめて読むのはこれが初めてだが、まったく未知の作家というわけではない。むしろずっと気になる作家であった。
週刊誌などの書評にはときどき目を通していたし、『嘘吐きアーニャの真っ赤な真実』も連載中に多少目を通していたこともある。しかし、なにより気になる理由はこの人の読書量である。ご当人が歩くのと食べるのと本を読むのは人より速いとして、「ここ二〇年ほど一日平均七冊を維持してきた」とおっしゃっていたのであります。

一日平均7冊は、年に2555冊、一月にすると約213冊。
プロの書評家として世の中を渡って行くならば、月に100冊程度読むのは、当たり前だと思うが、この方はその倍以上。わたしが一年間で読む本が200冊前後だから、たった一ヶ月でそれを上回ることになる。
これを知ってから、悔しいので(って、張り合うほうがどうかしてるぞ(笑))米原万里は敬して遠ざけることにしていたのであります。まあ、そのうち読もうとは思っていたのですけどね。

さて『打ちのめされるようなすごい本』。
なによりこのタイトルがすごいですね。
前述したように、辛口書評家(ホンモノの書評家であれば当然辛口になる)にとって、これがわたしの認める本だと公言するのは危険きわまりない。書評家に手ひどくやっつけられた作家のみなさんは、復讐の機会は逃さない。大したことない本を褒めたりした日には「なんだこんな本を推しやがって」と叩かれるのは必至。
だから、二流三流の書評家は褒める場合もさんざ留保をつけたり、貶してるのか褒めているのかわからないような、高踏的(と本人だけが思っている)書き方をするのですね。
なかなか、ずばっと、これはよい、とは断言しないのが普通です。

つまり本を褒めるのは貶すよりずっと勇気がいるのであります。

ところがですね、そこのところをこの米原万里さん、世間の評価がまだ定まっていないような新刊、あまり広く読まれていないような専門書、かならずしも好意的な批評を受けていないような娯楽小説を取り上げて、「これはよい」と言うにとどまらず「打ちのめされるようなすごい本」であると言い切っちゃう。
この勇気、やはり平均一日七冊読んでる人でなければ出てこない。

ということで、連日の猛暑で、読書意欲減退気味のわたしも、この本で、またむくむくと読みたい気持ちが膨らんでまいりました。
読者に読書意欲をもたらす書評がよい書評であります。

惜しい書評家を同時代から失ってしまったことをうらむ。

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コメント

このエントリー自体がまた素晴らしい書評だと思います。
読んで即、amazonでクリックしました(笑)

投稿: たまき | 2007/08/26 09:31

どうも、ありがとうございます。:)

投稿: かわうそ亭 | 2007/08/26 21:28

残暑お見舞い申し上げます。
ご無沙汰しております。
いい書評はいい食前酒のようなものだと思います。読んでますますその本の読書欲が湧く。
いい書評はいい食後酒のようなものだと思います。読んだ本の喜びを反芻させて新たな本への意欲をくれる。食欲も減退気味なこの時期にこそ優れた書評が必要です。
それにしても一日七冊とは私は暇があっても体力がもちません。朝、昼、夕で一冊ずつ読めれば(一日三食)望外の幸せでしょうか。

投稿: 烏有亭 | 2007/08/27 18:47

まさに、わが意を得たり、であります。
残暑きびしき折柄ご自愛くださいませ。

投稿: かわうそ亭 | 2007/08/27 21:24

『打ちのめされる。。』とは、スゴイ題名だな。。と思ったモノですがこれは出版社がつけたので、万里さんなら自著には、絶対に付けないですね。打ちのめされるすごい小説、とは、丸谷才一の小説『笹まくら』に、たいする万里さんの評価です。こんな小説は世界に、いくつもない。。

しかし、この万里さんの書評くらいなら、何冊もありそうです。すくなくとも、万里さんならそういうでしょうね。

投稿: 古井戸 | 2007/12/22 16:30

生前にご本人がこのタイトルで出してくれと言い遺していたなんて可能性も皆無ではないでしょうが、まあ、たぶん違うでしょうね。文藝春秋がこういう題名にしたのは、もちろん販促が一番の狙いだとは言えるでしょうが、わたし自身は、この題名はなかなかいいじゃないかと思っています。理由は本文に書いたとおりです。
コメントありがとうございました。

投稿: かわうそ亭 | 2007/12/22 18:38

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