アンナ・ポリトコフスカヤ
『チェチェン やめられない戦争』アンナ・ポリトコフスカヤ/三浦みどり訳(NHK出版)
なぜ自分はこの本を読んでいるのだろう。たとえわたしがなにかを知ったつもりになったとして、それがいったい何になるのだろう—。
空しさと無力感、そして恐怖。
第二次チェチェン戦争は、もし本書の報告にあることのほんの一部でも、それが事実を伝えているならば(わたしはこれをまったく疑わない)、わたしたちは恥ずかしくてチェチェンの老いた母親たちの顔を正面から見て「お気の毒です」などと言うことはできないはずだ。
歴史のなかには数知れない戦争の悪が報告されている。
もちろん報告されずに闇に消されて行った悪も数知れない。
しかしそれを伝えずにおれないとする人間もまた絶えない。ジャーナリストという職業に対して、その名誉と名声に対して、人はどこまでシニカルにこれを見定めるべきかというのは難しい問題だ。しかし、どこかで「わかった。おれはあんたを信じるよ」という跳躍がなければ話はすすまない。
そういう跳躍を多く人にさせたのがアンナ・ポリトコフスカヤだった。彼女のような人間が存在したことでわずかな希望が未来につながれる。
9・11以降の国際的な対テロ戦争というプロパガンダを、ロシアの一部の政財界の勢力がどのように利用したのか、歴史は徐々に明らかにしていくだろう。同時代のわれわれにはこれを見届ける義務がある。
アンナ・ポリトコフスカヤ(Anna Stepanovna Politkovskaya)は1958年、ソビエト社会主義連邦共和国の外交官の娘としてニューヨークに生まれた。1980年モスクワ大学ジャーナリスト学科を卒業後、1982年イズベスチヤ紙に入社。1999年、ノーヴァヤ・ガゼータ紙に移り、第二次チェチェン戦争を報道。
2002年10月のモスクワ劇場占拠事件で、チェチェン武装勢力からロシア当局との仲介を依頼され、人質釈放の交渉に当たった。
昨年2006年10月7日、モスクワの自宅アパートで射殺された。
ロシア当局は事件の全容解明を約束し、先月も実行犯グループなどの情報を発表しているが、これに対する国際的な信頼は低いと思う。
photo by Anna MR.
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