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2007/10/04

女の同志が不満でね

時は1972年9月27日の夜といいますから今からちょうど35年ばかり昔。ところは北京の最高指導者が執務する中南海―といえば、ああ日中国交正常化の話かね、と勘のいい方はお分かりになるだろう。

この夜、毛沢東の書斎に招き入れられたのは、田中角栄首相、大平正芳外相、二階堂進官房長官である。
中国側の出席者は毛沢東主席のほかに周恩来総理、姫鵬飛外相、廖承志中日友好協会会長であった。

歴史的な「共同声明」の調印は、翌々日の9月29日ですから、この夜の政治的な重要さは想像にあまりある。このとき日本側の事務方の出席はなかったと伝えられる。事務方は共同声明の文言について最後の詰めを行っていた。
(以下は、「人民中国」の特集(横堀克己)と、21世紀中国総研「田中角栄の迷惑、毛沢東の迷惑、昭和天皇の迷惑」(矢吹晋)を参考にいたしました)

会見も終わりに近くなって、毛沢東がふと思い出したように、「添了麻煩」の問題はどうなったのか、と言い出した。
これは田中首相が中国訪問の初日の歓迎会の席上で「過去数十年にわたって日中関係は、遺憾ながら、不幸な経過をたどってまいりました。この間、わが国が中国国民に多大のご迷惑をおかけしたことについて、私はあらためて深い反省の念を表明するものであります」と演説したのだが、この中の「多大のご迷惑をおかけした」という表現を、日本側の通訳が「添了麻煩」と訳したことが、波紋をよび、少なからぬ問題となっていたのであります。

わたしは中国語の細かな点まではもちろんわからないが、「麻煩」(マーファン)というのは初級の会話でもよく出てくる言葉であることは知っている。
この表現は、女性のスカートにあやまって水をこぼしてしまったというくらいの迷惑をあらわすのに手ごろな表現であって、とても日本の軍部がおこなった大陸での非道を形容するような言葉ではない。「迷惑とはなんだ迷惑とは」てな感じでありましょうか。中国の態度は硬化した。

この表現をめぐって、いや日本語の「迷惑」は中国語の「麻煩」ではなくて、反省ともう二度としないという謝罪のニュアンスがこもっているんだとかなんとか、いろいろやり取りがあって、結局表現は中国側の受入れられるところまで修正されたのだそうです。

もちろん毛沢東はそのあたりのことは逐一知っていて、ああ、そういえばあれはどうなったかね、なんてとぼけたものでしょう。
そしてそのときに、だしにつかったのが、若い通訳の女性たちであった。

「なにしろ一部の女性の同志が不満なのですよ。とわりけ、あのアメリカ人はニクソンを代表して話すもんでね」

そう言って毛沢東は唐聞生を指した、と言います。(唐聞生はアメリカからの「帰国子女」で毛沢東の英語通訳であった。英語ではナンシー・タンという。この人のことは、わたしも『毛沢東秘録』か『キッシンジャー回顧録』かほかの中国現代史関係の本の中で何回かみかけたことがあるような気がする。名前に覚えがあるのですね。)

これはなんとなく、雰囲気がわかりますね。

なぁに、わたしたちはもういいのですがね、どうも、こういう女の子連中というのは、これでなかなか強硬でしてね、わかるでしょう、てな感じでしょうか。
こういうのは、われわれの日常でもよくやりますね。
じつは若い女性が目を光らせているもんだから、心ならずも、あなたがたに無理を強いるので申し訳ないね、でもまあ、ほら女にゃ逆らえんでしょ、といった冗談めいた場の演出。若い女をだしにして男同士を一種の「共犯関係」でなごませるわけですな。

さて、この唐聞生の通訳にまつわるお話。次回に続く。

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